あと百年は君と生きたい

有箱

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 主演が減れば時間ができる――予想は外れ、なぜか以前より多忙になった。
 だが、主演辞退の我が儘を聞いてもらったのだ。これ以上は事務所に迷惑と判断し、オファーはできるだけ受けた。これは杏のためでもある。
 もちろん、理由がなんであれ、やるからには常に全力だ。

 週一の訪問は変わらず続けたが、面会禁止や滞在時間の制限で杏不足に陥っている。会えても体調が悪そうだと、穴に突き落とされた気分になった。

「今日は杏に会えるといいなぁ」

 軽自動車で病院へ移動する。覗き防止フィルターを介し、窓から外を眺めた。ただ、景色は頭に入ってこない。

「物語、結構進んでるみたいですよ。この間あった時ノートの残り少なくなってたし」

 会えない日に比例し、マネージャーに訪問を頼む回数が増えた。電話と言う手もあったが、タイミングが合わなかったのだ。

「そっか、良かった。できるなら僕も直接会って見たいな。今週もまた一週間はお預けは辛いよ。頑張るけど」
「全て“杏さんのため”ですものね」

 マネージャーの強調に頷く。解禁一発目のインパクトを膨らませるため――仕事が辛くなる度、己に言い聞かせた。実際、僕の顔が広く濃くなるほど、映画への注目も大きくなるだろう。

「……あとは気付いてもらうだけなんだ。杏、物語の才能凄いからさ。知ったら絶対、皆“榎本杏”に虜になると思うんだよね」

 引き金は用意した。あとは、杏が引いてさえくれれば流れて行く。

「それで有名になったらさ、もっと書きたくなって、その力で病とか吹っ飛ばせないかな……」

 半年後が見えず胸が圧された。できるなら一年後も二年後も、五年後も十年後も、百年後まで杏といたい。いや、僕が死ぬまでは一緒にいたい。

「今日はこの辺で停めましょうか」

 話題を切られ、警戒スイッチが入る。辺りを伺い車を降りた。小声で感謝と会釈を残し、病院方面へ駆ける。背中に貼り付く視線に、気付かないままで。



 失態を知ったのは二日後だ。撮影が終わるや否や、死角に誘導された時は何ごとかと思った。

「どうやら付けられていたみたいですね。気付かず申し訳ありません」

 マネージャーの手元にて、広げられたのは週刊誌だった。飛び込んできた情報に動揺してしまう。
 一面に杏の病院と拡大された僕の写真があった。見出しには“佐原白 本当は病気だったのか!?”と添えられている。

「ううん、僕も確認が足りなかった……」
「どうやら部屋の存在は知られていないようです。それに確りと変装してますし写りも悪い。別人だと主張すれば大丈夫だとは思います。ただ、佐原白の話題に敏感になっているのか、SNSでは騒がれはじめてますね」
「そっか……早めに知らせてくれてありがとう。何か聞かれるようなことがあればそうするよ」

 笑顔の仮面を装着し、大事《おおごと》ではない振りをした。だが、ダメージは絶大で、笑顔を貼らなければ表情ごと失いそうだった。

「でも、しばらくは杏のところに行かない方がいいね」
「そうですね。この時期にお辛いとは思いますが……」

 存在が知られれば、彼女の時間は荒らされる。それだけは避けなければならない。
 手紙、贈り物――接触の方法を考えながら、今一度マネージャーに様子見を頼んだ。可能なだけ深く礼をして。
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