あと百年は君と生きたい

有箱

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 建物から出ればフラッシュの挨拶に会う。人の顔がカメラと化した空間で、同じ問いばかり投げつけられた。
 とある時期とは。レベルアップの内容は――具体的な部分が気になるらしく、こぞって返事を待っている。

「申し訳ありませんが、その時をお待ち下さい。きっと最高の物をお見せします」

 何度目だろうか。丁寧なお辞儀と返事を残し、乗車する。次の現場までの移動時間――たった数分だけが、完全な素顔を晒せる時間だった。
 マネージャーの運転に揺られ脱力する。不意に真横から、静かで低い声が届いた。

「杏さん大分悪い感じですか?」
「明るく振る舞ってくれてるけど辛そうかな」
「……そうですか。でしたら白さんもお辛いでしょう」
「まぁ、堪えるね。でも、諦めないでいてくれれば十分だから。いつも気にかけてくれてありがとね、前沢さん」

 互いに目も合わせず、寧ろ背けたままやり取りする。事務所も詳細を知らない中、マネージャーは真実を把握する人物の一人だ。とは言え、知るのはもう一人で、仲のよい映画監督しかいない。
 二人は決定に対し、力添えや応援をしてくれた。二人ともデビューしたて――学生の頃からの付き合いであり、杏の存在も知っている。

「いいえ。約束って仰ってましたものね。杏さんの書いた話で主演するの」
「うん……」

 替えられた話題に引っ張られ、褪せない過去を見る。あれは十歳くらいだったか。まず流れるのは、決まって同じ場面だった。
 泣き虫で引っ込み気質な僕に、ノートを抱えた杏が言うのだ。

「大きくなったら私の作った話を志朗が演じるの。すっごく楽しそうじゃない!?」と。

 僕らの学校では、授業として劇をする機会があった。その年、物語が選ばれ、杏は脚本作りに夢中になっていた。恐らく、その時脚本家の夢を持ったのだろう。元々映画好きなこともあり、熱は激しかった。
 正直無謀だと思ったが、杏に応えたい一心で未来の共有を決めた。

 そして僕は必死に変わり、今に至る。準備は整い、後は杏を待つだけだった。杏は杏で毎日必死に書き、公募に出したり持ち込んだりしたらしい。しかし、あと一歩のところで病院に閉じ込められてしまった。

 約束を果たしたいのは本当だ。しかし今は、生きる目的になるなら何でも良かった。負の感情が伴おうと、ずるいと思われようと、プレッシャーをかけてしまおうと。病に心身を持っていかれるよりはずっといい。
 彼女が一日でも長く生きてくれるなら、一生主演を禁じても。

 杏がいなくなったら、きっと僕は脱け殻になるから。
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