悪夢を招く

有箱

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「本当にありがとうございました! この御恩は一生忘れません!」

 眠りから覚めるなり、隈を蓄えた男は叫んだ。しかも、深々とお辞儀までして。
 感動の滲む態度に、貼り付いた笑顔で対応する。横の幼げな相棒は、いつも通り死んだ目をしていたが。

「いえ、我々もこれが仕事ですのでー」

 重くなった鞄を、小さな掛け声と共に持ち上げる。それから、礼を続ける男へと再び笑みを撒いた。

「それでは良い夢を」



「じゃあ、しばらく眠るから宜しく」

 事務所――と言っても、たった二人の室内にて、相棒のニアが共用ベッドから告げた。
 脇の簡易テーブルには、空の薬箱と水の入ったペットボトルがある。ニアは既に眠そうで、重そうに瞼を閉じていた。

「了解です。おやすみなさい」 

 返事に返事は重ねられず、直ぐに寝息が立てられる。だが、聞こえ始めたのは寝息だけでなく呻きもだった。
 表情を歪めるニアを見る。それから、その胸元でぼやりと蠢く存在を、冷たい視線で睨み付けた。
 
 我々の仕事は特殊だ。と言うのも、ある条件を満たさなければ就けない仕事だからである。しかも、条件が合致しても不人気ゆえ、企業全体として人員不足だった。ゆえに、この町にも僕ら二人しかいない。
 それこそが悪夢回収屋――文字通り、人々を悩ます悪夢を回収し、浄化する仕事である。

 悪い夢と言うのは、ナイトメアという悪霊の仕業で起こる現象だ。そのサイズは大小様々で、そこら中に飛び回り、寄生対象になりそうな人間を探している。
 それを可視化できることこそが、回収屋に就く為の必須条件だった。

 寄生された人間は、ナイトメアの作り出した悪夢を見る。ナイトメアのサイズが大きいほど酷い夢になり、結果的に不眠を招くと言うわけだ。
 その不眠が原因で、最悪死に至ることもある。そこまで重症化する割合は少ないが、不調は多いらしい。

 ゆえに、代理人としてナイトメアを体に請け負い、代わりに悪夢を見届ける。それが回収屋のが主な業務内容だった。
 本部からの指示で二人一組を制定されており、回収は交代で勤める。一方が眠る時、片方は眠らず様子を監視する。これらは定められたルールの一つだ。

 ちなみに、ナイトメアは悪夢を披露しきると、満足するのか勝手に消える。
 消えたら請け負い、毎日悪夢を見続ける。その覚悟ができる人間であるかが隠れ条件かもしれない。



「あ、おはようございます。食事、用意しましょうか?」

 パソコンでの作業を終え、顔をあげるとニアが目覚めていた。十五時間ぶりの意思疏通だ。とは言え、これはまだ短い方である。

「いい……疲れた」
「そんな時こそ何か口にしないと。この仕事は体力勝負なんですから」

 仕事の効率化を考え、悪夢を請け負った日は約一日睡眠に充てる。その為、目覚めた時には激しく体力を消耗しており、ベッドの上から動けないなんてことも茶飯事だ。
 加えて眠りは薬に依存しており、ほぼ全員が薬なしでは仮眠すら出来なくなる。
 ゆえに、悪夢回収屋の末路は、病死か自殺だと言われている。

「君は相変わらずだな。何度も言うけど、君にこの仕事は合ってないと思うよ。幾らお金が好きだからってな」 

 メリットと言えば、依頼料として大金が入ることくらいだ。頭脳や教養なしで大金を稼げると言う面では、かなりの好条件であるが。

「酷いなぁ。ちゃんと全うな理由もありますよー」
「何を言う。この仕事に就きたがるのは、金に目がない奴と命を投げ出したい奴くらいだ。にしても、最近薬の効きが悪いな……一度で見切れなかったじゃないか……」

 深い溜め息と共に、空を見つめるニアを凝視する。それから、見られてもいないのに笑った。

「ニアみたいなね。薬、また別の用意しときます」
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