僕の片割れが消えた日から

有箱

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 日常が瓦解したのは、それからたった半年後だ。虐待が明るみになり、僕は解放された。

 だが、喜べはしなかった。なぜ、もっと早く助けてくれなかったのかと、人類を恨み、憎んだ。それは今も変わらない。

 もちろん、外の大人は多数が優しかった。それでも憎み続けたのには、もう一つ理由がある。

 解放後に判明したことだが、僕らには戸籍がなかった。だから正式な年齢も不明だったし、本当の名前さえなかった。
 今は、保護された後に与えられたリーンという名を騙っている。

 何より辛かったのが、レーヌの存在が認められなかったことだ。生の事実はもちろん、死の状況すら調査して貰えなかった。ただ、戸籍がないというだけで。

 だから、僕は他者を憎み、一人で犯人を突き止めようと決意した。僕だけでも、レーヌが最後に見た世界を知ろうと。そして犯人を殺めようと。

 最早、今はそれが生きる理由だ。



 僕の一日は大方決まっている。ゆえに、余計なことを考えず、レーヌだけを思った生活が出来た。

 籍を置いている施設のルールに、在学中は地元に留まるとの決まりがある。
 FBIを志している僕は、卒業資格のため大学に身を置いていた。だから無論、遠くへ情報収集にはいけない。

 ゆえに、授業後は必ず地元図書館へ通っていた。有名で、観光客も訪れるほど立派な場所だ。この図書館の存在が、唯一の安らぎかもしれない。

「こんばんは。今日はいらっしゃらないかと思っていましたよ」

 広いカウンターの左端から、金髪の女性が駆けてくる。貸し借り地点に立ち、深く微笑んだ。接待担当らしく、ほぼいつも同じ場所にいる。

「大学の資料室に籠ってました」
「そうでしたか。今日も新聞、ご用意してますよ。十一年前の十二月号でしたよね」
「はい、いつもありがとうございます」

 確認し、奥のスペースへ消えてゆく彼女の名はリリア。若くして働いている彼女だが、父親がオーナーで半ば手伝っているだけだと言っていた。だが、いつかは後を継ぎたいとも。

 リリアは、通いつめる僕に声をかけてきた唯一の人だった。最初は適当にあしらっていたが、態度を変えない人柄に段々心を許すようになった。とは言え、まだ完全に許したわけではない。

 封じていたレーヌの話を打ち明け、通いつめる理由までは告げた。最終目的までは非公開だが。

 だだ、話して以来、リリアは資料探しを手伝ってくれるようになった。館内を熟知する、彼女の助けは心強かった。



 有名施設だからか、閉館時間は遅い。零時まで開放されており、僕はいつもきっかり十分前まで籠った。後は本を一冊借りて帰る。これが定番の流れだ。

 カウンターに向かう頃には人も疎らで、ほぼ目に付かない。従業員もリリア以外は帰宅済みで、電灯の鳴る音が聞こえるほど静かだった。

 だからか、リリアも椅子で転寝している。気配の察知と同時に飛び起きたが。

「お、お疲れ様です」

 提出した本のコードをスキャンし、手際よく手続きする――そんな動作を目にしつつ、レーヌを思った。

「明日もお願いします」
「続きの記事ですね、畏まりました」

 営業スマイルに切り替える前、彼女は必ず一瞬悲しい顔をする。その表情の意味を、多分僕は知っている。
 
 リリアは、犯人探しをやめてほしいと思っている。
 表情の原因は、恐らくそれで間違いない。
 
 手続きの合間など稀に話すのだが、彼女が嘗て一度だけ口にした言葉があった。

「こんなことやめて、別の幸せな道を探すのも良いのではないですか」と。
「そんなものはない」と重い語気で返したからか、以降言わなくなったけれど。

 薦めを耳にし、抱いたのは怒りだった。レーヌを忘れるような生き方などしたくもない。それは確固としている。

 第一、自分にとっての幸福が何かすら分からないのに。"別の幸福な道"なんて、押し付けがましいにもほどがあるだろう。
 
 その時は正直、もう手は借りられないだろうと覚悟した。だが、彼女は何も変わらなかった。

 本心や狙いは読めない。しかし、そんなことはどうでも良かった。
 ただ僕は、僕自身の目的を遂げられれば良いのだから。
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