悪魔は笑う

有箱

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静かに血は流れる【2】

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 自宅の場所は、以前送られてきた写真から割り出した。野良猫の背景に、印象的な建物が映っていて助かった。
 建物の特定は大変だったが、家が見つかるのは早かった。彼女の住み処は、ボロアパートの中にあった。

 一階の集合ポストには、二つだけ表札が差し込まれている。今時フルネームなんて、相当古い建物なのかもしれない。
 郵便物や洗濯物がないことからも、過疎化が見てとれた。

 在宅を確信しているのか、羽島は階段を駆けあがる。何があろうと無かろうと、一発殴るつもりなのかもしれない。

 羽島が二階に到着したタイミングで、物の落ちる音が聞こえた。小さくも何かを叫ぶ桜庭の声も。
 羽島がドアノブを掴む。鍵が空いていたのか、壊れたのかは分からない。何度か音を立てて捻った末、不意に扉が動きだした。

「彩歌ちゃん……?」

 声が震えている。開け放たれた扉の先、展開されていたのは凄惨な光景だった。
 乱雑に乱されたシャツに、無理矢理捲し上げられたスカート。無力な少女の上に、裸で跨がる男が一人――。

「何やってんだよテメェ!」

 叫びと共に、羽島が土足で飛び込んでいく。一瞬固まった男を両手で突き飛ばした。そのまま、震える桜庭との間に入る。
 僕からは背中しか見えないが、きっと燃える眼で睨み付けているのだろう。

 時差で入室し、桜庭へ一言謝罪した。それから、脱いだ上着を体にかけてやる。
 桜庭はようやく我に帰り、恥じらいを持って体勢を直した。上着を抱き締め、涙ぐんでいる。

「糞ガキ共が! 何邪魔してくれてんだ!」

 ゾンビのごとく、男は立ち上がった。ただ、顔には憤慨があり、軽蔑するほど惨めに感情を曝している。
 これが父親だとは――人間だとは信じがたかった。まぁ、彼は正真正銘の人間だけど。

「折角これからだって時によぉ! 死ね!」

 野性動物を彷彿とさせる動きで、男が跳ねた。血管の浮いた拳を携え、羽島の元へ飛んでくる。
 だが、目の前の背中は竦まなかった。それどころか、自らも拳を固くし、前へと突き進んでいく。
 すれ違った二つの拳が、数分かずぶんの音を立て――最後にもう一つ、何かが割れる音を加えた。

 その時、僕は見た。桜庭の顔に、薄い笑顔が浮かぶのを。
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