9 / 11
静かに血は流れる【2】
しおりを挟む
自宅の場所は、以前送られてきた写真から割り出した。野良猫の背景に、印象的な建物が映っていて助かった。
建物の特定は大変だったが、家が見つかるのは早かった。彼女の住み処は、ボロアパートの中にあった。
一階の集合ポストには、二つだけ表札が差し込まれている。今時フルネームなんて、相当古い建物なのかもしれない。
郵便物や洗濯物がないことからも、過疎化が見てとれた。
在宅を確信しているのか、羽島は階段を駆けあがる。何があろうと無かろうと、一発殴るつもりなのかもしれない。
羽島が二階に到着したタイミングで、物の落ちる音が聞こえた。小さくも何かを叫ぶ桜庭の声も。
羽島がドアノブを掴む。鍵が空いていたのか、壊れたのかは分からない。何度か音を立てて捻った末、不意に扉が動きだした。
「彩歌ちゃん……?」
声が震えている。開け放たれた扉の先、展開されていたのは凄惨な光景だった。
乱雑に乱されたシャツに、無理矢理捲し上げられたスカート。無力な少女の上に、裸で跨がる男が一人――。
「何やってんだよテメェ!」
叫びと共に、羽島が土足で飛び込んでいく。一瞬固まった男を両手で突き飛ばした。そのまま、震える桜庭との間に入る。
僕からは背中しか見えないが、きっと燃える眼で睨み付けているのだろう。
時差で入室し、桜庭へ一言謝罪した。それから、脱いだ上着を体にかけてやる。
桜庭はようやく我に帰り、恥じらいを持って体勢を直した。上着を抱き締め、涙ぐんでいる。
「糞ガキ共が! 何邪魔してくれてんだ!」
ゾンビのごとく、男は立ち上がった。ただ、顔には憤慨があり、軽蔑するほど惨めに感情を曝している。
これが父親だとは――人間だとは信じがたかった。まぁ、彼は正真正銘の人間だけど。
「折角これからだって時によぉ! 死ね!」
野性動物を彷彿とさせる動きで、男が跳ねた。血管の浮いた拳を携え、羽島の元へ飛んでくる。
だが、目の前の背中は竦まなかった。それどころか、自らも拳を固くし、前へと突き進んでいく。
すれ違った二つの拳が、数分の音を立て――最後にもう一つ、何かが割れる音を加えた。
その時、僕は見た。桜庭の顔に、薄い笑顔が浮かぶのを。
建物の特定は大変だったが、家が見つかるのは早かった。彼女の住み処は、ボロアパートの中にあった。
一階の集合ポストには、二つだけ表札が差し込まれている。今時フルネームなんて、相当古い建物なのかもしれない。
郵便物や洗濯物がないことからも、過疎化が見てとれた。
在宅を確信しているのか、羽島は階段を駆けあがる。何があろうと無かろうと、一発殴るつもりなのかもしれない。
羽島が二階に到着したタイミングで、物の落ちる音が聞こえた。小さくも何かを叫ぶ桜庭の声も。
羽島がドアノブを掴む。鍵が空いていたのか、壊れたのかは分からない。何度か音を立てて捻った末、不意に扉が動きだした。
「彩歌ちゃん……?」
声が震えている。開け放たれた扉の先、展開されていたのは凄惨な光景だった。
乱雑に乱されたシャツに、無理矢理捲し上げられたスカート。無力な少女の上に、裸で跨がる男が一人――。
「何やってんだよテメェ!」
叫びと共に、羽島が土足で飛び込んでいく。一瞬固まった男を両手で突き飛ばした。そのまま、震える桜庭との間に入る。
僕からは背中しか見えないが、きっと燃える眼で睨み付けているのだろう。
時差で入室し、桜庭へ一言謝罪した。それから、脱いだ上着を体にかけてやる。
桜庭はようやく我に帰り、恥じらいを持って体勢を直した。上着を抱き締め、涙ぐんでいる。
「糞ガキ共が! 何邪魔してくれてんだ!」
ゾンビのごとく、男は立ち上がった。ただ、顔には憤慨があり、軽蔑するほど惨めに感情を曝している。
これが父親だとは――人間だとは信じがたかった。まぁ、彼は正真正銘の人間だけど。
「折角これからだって時によぉ! 死ね!」
野性動物を彷彿とさせる動きで、男が跳ねた。血管の浮いた拳を携え、羽島の元へ飛んでくる。
だが、目の前の背中は竦まなかった。それどころか、自らも拳を固くし、前へと突き進んでいく。
すれ違った二つの拳が、数分の音を立て――最後にもう一つ、何かが割れる音を加えた。
その時、僕は見た。桜庭の顔に、薄い笑顔が浮かぶのを。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
僕らのカノンは響かない
有箱
青春
声と歌をからかわれた経験から声を失った私は、合唱コンクールの練習期間である二ヶ月が憂鬱で仕方なかった。
多分そのせいで、大切な手帳を旧校舎に忘れてしまう。
皆が練習する中、物置と化した旧校舎へ取りに入った私の耳に、突然歌が飛び込んできた。
楽しげな少女の歌声に苦しさを覚え、その日は逃げてしまう。
しかし、なぜ一人で練習しているのか気になって、あくる日も旧校舎に来てしまった。
歌を聴いている内、音を追いかけたくなってしまった私は、声は出さずに唇だけで旋律追いかける。
そう、声は出していなかったはずなのに。
「あなた、いい声だね!」
部屋の中から、突如として賞賛が聞こえてきて。
感染した世界で~Second of Life's~
霧雨羽加賀
ホラー
世界は半ば終わりをつげ、希望という言葉がこの世からなくなりつつある世界で、いまだ希望を持ち続け戦っている人間たちがいた。
物資は底をつき、感染者のはびこる世の中、しかし抵抗はやめない。
それの彼、彼女らによる、感染した世界で~終わりの始まり~から一年がたった物語......
君は唯一無二の愛しい子
蒼キるり
ホラー
真由の恋人の慎司が行方不明になった。誰もそれを真剣に考えてはくれないが、真由だけはおかしいと探し続ける。そして慎司が行方不明になる前、男女の双子について話していたことを思い出し──
禁踏区
nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。
そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという……
隠された道の先に聳える巨大な廃屋。
そこで様々な怪異に遭遇する凛達。
しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた──
都市伝説と呪いの田舎ホラー
鈴ノ宮恋愛奇譚
麻竹
ホラー
霊感少年と平凡な少女との涙と感動のホラーラブコメディー・・・・かも。
第一章【きっかけ】
容姿端麗、冷静沈着、学校内では人気NO.1の鈴宮 兇。彼がひょんな場所で出会ったのはクラスメートの那々瀬 北斗だった。しかし北斗は・・・・。
--------------------------------------------------------------------------------
恋愛要素多め、ホラー要素ありますが、作者がチキンなため大して怖くないです(汗)
他サイト様にも投稿されています。
毎週金曜、丑三つ時に更新予定。
DEATHGAME~裏切りと信念の姫~
ひいらぎななみ
ホラー
舞台は変哲なことなどない都内。それぞれが代わり映えのない日々を過ごしていると、突然謎の集団に襲われ、とある施設に誘拐された。
「最初の試練」を乗り越えた、何の関連性もない人達が広い場所に集められ、こう宣言される。
「本当の「デスゲーム」を始めましょう!」
ユウヤは、みんなを守ることを誓う。しかし、一緒に行動しているうちにスズエの様子がおかしいことに気付いた。どこか、ソワソワしているようで落ち着きがないように見える。
そのことに違和感を覚えつつ協力して進んでいくが、不安は拭いきれず少しずつ信用と同時に疑念も生まれてくる。
スズエは、このデスゲームがどうして行われるのか知っていた。彼女はデスゲームが始まった時には既に、とある覚悟を決めていた。
彼らは主催者側であるルイスマに「裏切り者がいる」と言われ、疑心暗鬼になりながら進んでいく。探索に始まり、怪物達との生死をかけたミニゲーム、幼馴染との再会、人形となった死んだ人達との合流と探索……裏切り者の話など忘れかけていたところで、事態は動き出した。
裏切り者の正体は誰なのか?何を持って「裏切り者」と呼ばれていたのか?それを知った時、ユウヤ達がとった選択は?
本編とはまた違った、裏切り者を探すデスゲームの物語が幕を開く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる