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第十三話:僕は何も悪くない
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「……ひ、人を殺すって事?」
「そうだ。俺の事を知ったからには、お前も関わる義務がある」
おじ様は脱ぎ捨ててあったバスローブを羽織り、近くに設置されていた椅子に腰掛ける。
自然と距離は出来たが、それでも恐れは収まらなかった。思わず目を逸らし、下を向いてしまう。
「……でも、僕、誰かの命を奪うなんてこと……」
「だったら、悪い人間として俺がお前を裁くまでだな」
容赦ない死の宣告に、身震いまでし始めた。
突然の本性に、頭が付いていかない。しかし、脳が働こうとも働かずとも、するべき答えは決まっている。
「そ、それは嫌だ! 僕やるよ! 何でもやるから殺さないで……!」
命は取られたくない。殺されたくない。やはり、それが本能だ。生き延びる方を、選ばざるを得ない。
「よし、良い子だ。上手くやれば、いつものように大金をやるからな。頑張れよ」
「…………うん……」
例えそれが犯罪でも。悪人を裁く仕事でも。
***
逃亡をさせないようにか、おじ様は直ぐに僕を連れ出した。高級車に乗り、知らない町を横切っていく。
真横に座る、おじ様が怖かった。突然振り返って襲われそうで、怖くて落ち着けない。手が震え、重い空気で息さえまともに出来なかった。
このまま行けば、僕は人を殺す。生きている人間の息の根を、この手で止めなければならなくなる。
そうしなければ、僕が殺される。
それはどうしても駄目だ。怖すぎて、抗うなんて選択肢は持てない。
「……こ、殺す人って、どれだけ悪い人なんですか?」
少しでも罪悪感を軽減しようと、正当な理由を求めた。
悪い人間だから、仕方なく殺す。悪い人間だから、殺されても仕方がない。悪い人間を殺すのだから、これは正義だ。悪い人間を殺すのだから、これは寧ろ褒められるべき事だ。
そう思いたかったのだ。
「そいつも何人殺してるかな。知らねぇが相当な数やってるはずだぜ」
初めから嘘は言っていなかったらしく、やはり対象は悪人だった。それも、相当な悪事をしているという。
それなら。
そう思おうとしたものの、思い切れなかった。車に乗っている間――目的地らしき場所に辿り着いても、手の震えは止まらなかった。
***
信じられないほどの早さで、事が進んでゆく。一分一秒が長く感じる一方、進み具合に驚いている。何とも奇妙な感覚だ。
おじ様に、引き摺られるように連れて行かれた場所、そこには小さな倉庫があった。
中に入ると、埃で咽そうになった。そこを突き進み、軋む階段を降りると小部屋があった。
そこに、両手を縛られた一人の男が居た。男は酷く傷ついていて、今にも息絶えそうだ。
「さぁ、少年よ。こいつがそうだ」
答え合わせのように告げられ、切迫感を覚えた。追い詰められるという状態を初めて経験し、意識が飛びそうになる。
不意に、男と目が合った。まだ意識を保っていたらしい。目付きは鋭く、さすが極悪人といった眼光だった。
思わず斜めに逸らした先、視界に物品が入ってくる。煌びやかに光るそれは、ナイフだった。おじ様が、差し出していた。
一瞬で殺し道具だと悟った。一刻一刻近付く〝その時〟に、抗う術が見つけられない。
「首をやれ、その方が早い」
おじ様が求めているであろう行動を汲み取り、ナイフを手にとった。おじ様はずっと僕を見ていて、その目で行動を促す。
覚悟を、決めなければならない。
これは僕自身の為だ。そうして家族の為でもある。きっと、おじ様も僕も悪くなくて、悪いのはこの男だけなのだ。
そう、これは不可抗力であり、正当防衛である――。
今にも抵抗を始めそうな男と目を合わせ、ナイフの先端を男の首に向けた。震える手を押さえつける為、ナイフは両手で握った。
パンク寸前の脳に、指令を与える。
これは、生き残る為に仕方がないことだ。だから、やるんだ僕。頑張らなきゃ、家に帰れないよ。
さぁ、アイツを殺せ――――。
***
過ぎてみれば早かった。早すぎて、夢だと疑えそうなほどに。しかし、手に残る感覚が、そうでは無いと強く訴えてくる。
報酬として貰った、莫大なお金も消えてはいない。
「お兄ちゃんどうしたの? 眠れないの?」
暗闇に響いた声により、動きがピタリと停止した。唐突な声により、心臓が高鳴っている。
今は夜中だ。お父さんも帰ってきていて、直ぐ横で眠っている。
エマの眠る方を見ると、心配そうに僕を見ていた。いつもはない、不安げな顔に動揺してしまう。
「ええっと、何でもないよ! エマはどうしたの? 起きちゃった?」
笑顔と言葉で誤魔化すべく、素早い対応を実施した。だが、エマの表情は変わらなかった。
「ううん。今日お兄ちゃん少し様子が可笑しいから、心配で眠れなかったの」
「……本当に何でも無いんだよ、ただ色々考えてただけ」
「お金のこと?」
「えっ」
的確に言い当てられ、一瞬動揺してしまった。だが、別に驚く事でもないのかもしれない。
「そんなに大変なら無理しなくて良いのよ。お兄ちゃんが頑張ってお金貯めてくれてるの、嬉しかったけどずっと心配だったから、だから……」
ここに来て初めて聞く本音に、一瞬弱さが飛び出そうになった。数時間前、この手が仕出かした事を思い出し、息が詰まりそうになる。
「……はは、そうだね。でも、やっぱり頑張らなくちゃいけない気がするからさ。直ぐには叶わないかもしれないけど、絶対に時間を作ってみせるから……」
強がった。いや、強がらざるを得なかった。なぜなら、もう戻れない所まで来てしまったからだ。
エマは苦笑いをした。初めて、いつもと違う笑顔を見た気がした。
「明日もがんばらなくちゃいけないから寝るね」
「うん、おやすみ。いつもありがとう」
渦巻く思考が顔付きを変えない内にと、エマから目を逸らした。
だが、その後も全く眠れなかった。手の平に、いや体中にこびり付いた感覚が、罪悪感を突き立てて眠らせてくれなかったのだ。
否定の余地がなかったとは言え、僕は人を殺した。殺してしまった。お金を稼ぐ為、体を売っていた殺し屋に脅されて。
幾ら理由があれど、罪を犯したことに変わりはないのだ。知られれば警察送りになるだろうし、家族に暗い顔もさせるだろう。
――知られないようにする為には、おじ様の言う事を聞かなければならない。
おじ様は、また明日も僕を求めていて、屋敷に顔を出す約束もしている。金は出すと言っていたから、最早それだけが救いだ。
だが、もう終われなくなってしまった。おじ様の諦めがつくまでは、仕事に切りを付けられない。
例え、家族の時間が手に入ったとしても――。
横で、お父さんが動いた。行動から朝が来た事を知った。所々記憶が飛んだ気はするが、結局まともな睡眠は取れなかった。
久しぶりの対面に迷いつつ、たまには元気な姿を見せなければと僕も腰を起こす。お父さんは驚いたのか、少し焦った顔をした。
「おはようお父さん」
「おはよう、ヘンリー」
何日か振りのお父さんの顔は、相変わらず疲れていた。朝から晩まで仕事をこなす辛さを、顔面にそのまま乗せているようだ。
今なら、その辛さが理解出来る。
お父さんは、久々に会話するからか僕の顔をじっと見詰めてきた。妙に気まずくなって、僕が逸らしたが。
「なぁ、ヘンリー」
「な、何? お父さん」
敢えて一呼吸置いたお父さんの口から、何が零れてくるのか怖かった。昨日の今日だ、殺人した事が知られていたらと思うとゾッとする。
お父さんの目つきは真剣で、何か重大な事を言おうとしている――それだけが十二分に伝わってきた。
正直、生きた心地がしなかった。
「そうだ。俺の事を知ったからには、お前も関わる義務がある」
おじ様は脱ぎ捨ててあったバスローブを羽織り、近くに設置されていた椅子に腰掛ける。
自然と距離は出来たが、それでも恐れは収まらなかった。思わず目を逸らし、下を向いてしまう。
「……でも、僕、誰かの命を奪うなんてこと……」
「だったら、悪い人間として俺がお前を裁くまでだな」
容赦ない死の宣告に、身震いまでし始めた。
突然の本性に、頭が付いていかない。しかし、脳が働こうとも働かずとも、するべき答えは決まっている。
「そ、それは嫌だ! 僕やるよ! 何でもやるから殺さないで……!」
命は取られたくない。殺されたくない。やはり、それが本能だ。生き延びる方を、選ばざるを得ない。
「よし、良い子だ。上手くやれば、いつものように大金をやるからな。頑張れよ」
「…………うん……」
例えそれが犯罪でも。悪人を裁く仕事でも。
***
逃亡をさせないようにか、おじ様は直ぐに僕を連れ出した。高級車に乗り、知らない町を横切っていく。
真横に座る、おじ様が怖かった。突然振り返って襲われそうで、怖くて落ち着けない。手が震え、重い空気で息さえまともに出来なかった。
このまま行けば、僕は人を殺す。生きている人間の息の根を、この手で止めなければならなくなる。
そうしなければ、僕が殺される。
それはどうしても駄目だ。怖すぎて、抗うなんて選択肢は持てない。
「……こ、殺す人って、どれだけ悪い人なんですか?」
少しでも罪悪感を軽減しようと、正当な理由を求めた。
悪い人間だから、仕方なく殺す。悪い人間だから、殺されても仕方がない。悪い人間を殺すのだから、これは正義だ。悪い人間を殺すのだから、これは寧ろ褒められるべき事だ。
そう思いたかったのだ。
「そいつも何人殺してるかな。知らねぇが相当な数やってるはずだぜ」
初めから嘘は言っていなかったらしく、やはり対象は悪人だった。それも、相当な悪事をしているという。
それなら。
そう思おうとしたものの、思い切れなかった。車に乗っている間――目的地らしき場所に辿り着いても、手の震えは止まらなかった。
***
信じられないほどの早さで、事が進んでゆく。一分一秒が長く感じる一方、進み具合に驚いている。何とも奇妙な感覚だ。
おじ様に、引き摺られるように連れて行かれた場所、そこには小さな倉庫があった。
中に入ると、埃で咽そうになった。そこを突き進み、軋む階段を降りると小部屋があった。
そこに、両手を縛られた一人の男が居た。男は酷く傷ついていて、今にも息絶えそうだ。
「さぁ、少年よ。こいつがそうだ」
答え合わせのように告げられ、切迫感を覚えた。追い詰められるという状態を初めて経験し、意識が飛びそうになる。
不意に、男と目が合った。まだ意識を保っていたらしい。目付きは鋭く、さすが極悪人といった眼光だった。
思わず斜めに逸らした先、視界に物品が入ってくる。煌びやかに光るそれは、ナイフだった。おじ様が、差し出していた。
一瞬で殺し道具だと悟った。一刻一刻近付く〝その時〟に、抗う術が見つけられない。
「首をやれ、その方が早い」
おじ様が求めているであろう行動を汲み取り、ナイフを手にとった。おじ様はずっと僕を見ていて、その目で行動を促す。
覚悟を、決めなければならない。
これは僕自身の為だ。そうして家族の為でもある。きっと、おじ様も僕も悪くなくて、悪いのはこの男だけなのだ。
そう、これは不可抗力であり、正当防衛である――。
今にも抵抗を始めそうな男と目を合わせ、ナイフの先端を男の首に向けた。震える手を押さえつける為、ナイフは両手で握った。
パンク寸前の脳に、指令を与える。
これは、生き残る為に仕方がないことだ。だから、やるんだ僕。頑張らなきゃ、家に帰れないよ。
さぁ、アイツを殺せ――――。
***
過ぎてみれば早かった。早すぎて、夢だと疑えそうなほどに。しかし、手に残る感覚が、そうでは無いと強く訴えてくる。
報酬として貰った、莫大なお金も消えてはいない。
「お兄ちゃんどうしたの? 眠れないの?」
暗闇に響いた声により、動きがピタリと停止した。唐突な声により、心臓が高鳴っている。
今は夜中だ。お父さんも帰ってきていて、直ぐ横で眠っている。
エマの眠る方を見ると、心配そうに僕を見ていた。いつもはない、不安げな顔に動揺してしまう。
「ええっと、何でもないよ! エマはどうしたの? 起きちゃった?」
笑顔と言葉で誤魔化すべく、素早い対応を実施した。だが、エマの表情は変わらなかった。
「ううん。今日お兄ちゃん少し様子が可笑しいから、心配で眠れなかったの」
「……本当に何でも無いんだよ、ただ色々考えてただけ」
「お金のこと?」
「えっ」
的確に言い当てられ、一瞬動揺してしまった。だが、別に驚く事でもないのかもしれない。
「そんなに大変なら無理しなくて良いのよ。お兄ちゃんが頑張ってお金貯めてくれてるの、嬉しかったけどずっと心配だったから、だから……」
ここに来て初めて聞く本音に、一瞬弱さが飛び出そうになった。数時間前、この手が仕出かした事を思い出し、息が詰まりそうになる。
「……はは、そうだね。でも、やっぱり頑張らなくちゃいけない気がするからさ。直ぐには叶わないかもしれないけど、絶対に時間を作ってみせるから……」
強がった。いや、強がらざるを得なかった。なぜなら、もう戻れない所まで来てしまったからだ。
エマは苦笑いをした。初めて、いつもと違う笑顔を見た気がした。
「明日もがんばらなくちゃいけないから寝るね」
「うん、おやすみ。いつもありがとう」
渦巻く思考が顔付きを変えない内にと、エマから目を逸らした。
だが、その後も全く眠れなかった。手の平に、いや体中にこびり付いた感覚が、罪悪感を突き立てて眠らせてくれなかったのだ。
否定の余地がなかったとは言え、僕は人を殺した。殺してしまった。お金を稼ぐ為、体を売っていた殺し屋に脅されて。
幾ら理由があれど、罪を犯したことに変わりはないのだ。知られれば警察送りになるだろうし、家族に暗い顔もさせるだろう。
――知られないようにする為には、おじ様の言う事を聞かなければならない。
おじ様は、また明日も僕を求めていて、屋敷に顔を出す約束もしている。金は出すと言っていたから、最早それだけが救いだ。
だが、もう終われなくなってしまった。おじ様の諦めがつくまでは、仕事に切りを付けられない。
例え、家族の時間が手に入ったとしても――。
横で、お父さんが動いた。行動から朝が来た事を知った。所々記憶が飛んだ気はするが、結局まともな睡眠は取れなかった。
久しぶりの対面に迷いつつ、たまには元気な姿を見せなければと僕も腰を起こす。お父さんは驚いたのか、少し焦った顔をした。
「おはようお父さん」
「おはよう、ヘンリー」
何日か振りのお父さんの顔は、相変わらず疲れていた。朝から晩まで仕事をこなす辛さを、顔面にそのまま乗せているようだ。
今なら、その辛さが理解出来る。
お父さんは、久々に会話するからか僕の顔をじっと見詰めてきた。妙に気まずくなって、僕が逸らしたが。
「なぁ、ヘンリー」
「な、何? お父さん」
敢えて一呼吸置いたお父さんの口から、何が零れてくるのか怖かった。昨日の今日だ、殺人した事が知られていたらと思うとゾッとする。
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