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第五話:お金を稼ぐだけじゃない

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 しかし、現実はそうも上手くいかなかった。買ってくれる人どころか、止まって見てくれる人さえいなかったのだ。
 チラチラとこちらを見ている気配はあるのに、誰一人として立ち止まろうとしない。
 金額が高すぎたのだろうか。と張り付けた紙を見てみたが、お店の物よりも随分低い。
 他に思いあたる原因を探してみたが、納得出来るものは思いつかなかった。
 一生懸命作った。上手に作れた。けれど売れない。大きな声で呼びかけても、一向に止まろうとしない。
 挫けそうだった。けれど、簡単に店じまいする訳にはいかないと呼び続けた。

 けれど、それでも品物は売れなかった。一つたりとも売れなかった。

***

「……ただいま」
 空が薄闇に包まれる頃、控え目に扉を開く。エマが眠っていてくれたらいいのに、と願ったがそれは叶わなかった。
「おかえりお兄ちゃん! どうだった!?」
 キラキラした瞳が僕を捉え、答えを求めてくる。
 声が出なかった。帰り道、何度もシュミレーションしたのに、用意していた言葉は言えなかった。
 残ったものは、全て裏庭に置いてきた。だから、エマには分からないのかもしれない。
 でも、ちゃんと言葉で伝えなくちゃ。がっかりさせてしまうのが見えていても。
「…………駄目だったよ、エマ」
 期待を裏切ってしまったからか、エマの表情は一気に変わった。変化の幅が大きい所為で、いつもよりも悲しんでいるように見える。
「頑張ったけど売れなかったよ……」
「そう、残念ね……。あんなに上手だったのに……本当に残念だわ……」
 潤み出した瞳を見て、僕も泣きたくなった。けれど兄である以上、妹の前で涙を見せるのは抵抗がある。
 エマを支えられるのは、僕だけなんだ。だから、ここで泣いてなんかいられない。
「……でも、もうしばらくは頑張ってみるよ」
 言う積もりのなかった言葉が、声になって溢れた。それと一緒に、嘘の笑顔も向けた。
 エマは騙されてくれたのか、小さく困り笑いした。

***

 それから、何日も売り続けた。場所を変えつつ値段を下げつつ、ゆっくりと様子を見てゆく。
 もちろん、自分に与えられた仕事をこなした上で、だ。
 日が重なる度に気力は減ってゆき、声を出しながらも次の方法ばかりを考えてしまう。
 エマに頑張ると宣言してしまったのだ、意地でも一つは売りたい。達成したら次の方法に移行して――そう考えてはいたが、達成出来るかすら疑わしくなってきた。
 今日で十日ほどになるが、その間、一銭も稼いでいない。落ちているお金を探していた方が良かったかもしれない。
 嘘を吐いて、終わりにしてしまおうかな。目の前の努力を全て廃材置き場に返して、無かった事にしてしまおうかな。
 嘘を吐いた場合の流れを想像した先、エマの顔が見えた。作った物を見て、笑顔で褒めてくれた時の顔だ。
 こうして呼びかけている、この時間が無駄なのだとしても。それでも、あの笑顔を裏切りたくない。
 そう思ってしまった。効率を考えるなら、早く止めた方が良いのかもしれないけど。
「……まだ諦めないよ」
 零れかけた溜め息を飲み込んで、もう一度大きく呼びかけた。

***

 何度も諦めかけ、葛藤して、ついには半月が経過した。少し遠くで物が売れるのを見る度に、泣きたくなった。
 お金を稼ぐ事の大変さを知った気になって、ネガティブな感情が湧き出てきた。
 お金を稼げなければ、この先もずっと家族は擦れ違ったままだ。一緒にご飯を食べたり、おしゃべりする時間はやってこない。
 エマの寂しさは拭えない。
 頑張りだけで続けていた呼びかけだったが、半月もするとその意味さえ分からなくなった。
 エマを裏切りたくない。笑顔を見たい。その気持ちは追い遣られ、諦めだけが伸びていった。
 これはもう諦めて、新しい方法を試してみよう。
 自分の中で踏ん切りをつけ、早速店じまいを始める。まず最初に、値札を剥がした。
 しかし、ちょうどその時、一人の旅行者が立ち止まった。大きなリュックを抱えていて、顔は外国人染みている。
「店じまいかな? その前に少し見て行っても良いかい?」
「えっ、あっ、はい……!」
 突然の好機に驚き、声が上擦ってしまう。旅行者は作った品々を手に取り、熱心に見てくれた。
 鼓動が高鳴った。初めて立ち止まってくれたお客さんを前に、何も言えない。
「これを頂こう。幾らかな?」
「あっ、えっと……! えっとですね!」
 値下げを続けていた事もあり、自分が幾らで付けたか思い出せなかった。緊張で頭が働いていないのかもしれない。
 答えを見つけるため、剥がした値札から探す。
「よし、ではこれでどうかな?」
 探していた僕の前に差し出されたのは、紙のお金だった。銀色の物が二枚重なっている。
 直ぐに値を判断は出来なかったが、付けていた値段より高いことは確かだ。それもかなり。
「えっ、こんなに良いんですか!」
「あぁ、私はこれが気に入ったよ。では頂いていくね」
 旅行者は、にっこり笑うと小さな机を抱えた。そうして、くるりと背中を向ける。
「あ、ありがとうございます!」
 嬉しかった。絶望の中に光が差し込めた、そんな表現が似合うような喜びだった。
 長い頑張りが、報われた気がした。

 だが、それからは一つも売れなかった。けれど心は満たされていて、失われた気力は全部戻っていた。

***

 帰宅時、町の電柱に張り紙を見つけた。そこには〝急募! 期間限定キャンディー売り募集!〟と書かれていた。どうやらアルバイトの募集をしているようだ。
 紙の下に書かれている名前の店は、見渡すと直ぐに見つかった。
 実はあの後、商売を続けるべきか迷いが生じていた。可能性に賭けるか、新たな方法に賭けるか、迷い始めていたのだ。
 だが、今決めた。
 少し惜しい気はしたが、それでも目標を達成したからかとても清々しい気持ちで決められた。
「すみませーん、アルバイトって僕も良いですかー?」
 そうして、喜びと残った商品とを持って、僕はお店に踏み入った。
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