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Towards the end
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昨夜は全く眠れなかった。疲労に体が蝕まれているのに、目が冴えてしまった。勝手に結末が脳内シュミレーションされ、消えてくれなかった。ただ逃げ出したかった。
「ルアリテ、大丈夫か?」
「何が? いつも通りだよ」
それなのに、刻み込まれた意識は勝手に体を動かす。
「隈が酷いような気がしたんだが気のせいか……」
「心配しすぎだよ。さぁ、敵を迎え撃つ準備をしよう」
本当は全てを打ち明け、助けを乞いたかった。でも出来なかった。泣き叫ぶ心を閉じ込め、ただ気丈な振りを貫いた。
選抜したメンバーを引き連れ、戦地へ赴く。裏ルートの作りも、もうすっかり覚えきった。
敵とぶつかるポイントへ身を隠して進み、普段通り攻撃のタイミングを待つ――振りをした。
隣にはヴェルベットがいて、気配に耳を澄ませている。
「今日は何だか人が少ない気がするな」
微かに漏れた呟きに、肩が跳ねかけた。
隊長と言うだけあって、やはり彼は鋭い。だが、悟られては困ると、咄嗟に返事を作り上げた。
「敵兵もそれだけ減ったってことかもね」
「そうならいいな。こんな戦争、早く終わって……」
言い訳すら、不必要かもしれないけど。
やや遠く――しかし、仲間のいる場所に激しい銃弾の雨が浴びせられた。
聞きなれた声で幾つかの悲鳴が上がり、人の倒れる音も続く。身を隠していた仲間が撃たれたのだ。
発射地点を割り出し、付近にいた仲間が迎撃する。だが、先回りされていたのか、またも悲鳴があがった。
それが何ヵ所かで繰り返される。これまでにない戦況の悪さに、ヴェルベットはただ絶句していた。
ただ、そんな状態でも策を練り続けてはいるのだろう。感覚を研ぎ澄ませ、思考している様子が見てとれる。しかし、何も浮かばないのか焦燥も見えた。
「撤退しよう」
切羽詰まった雰囲気を携え、自然体を装い呟く。最善先だと判断したのか、ヴェルベットは即座に頷いた。
予め設定しておいた撤退の合図を、銃声で表現する。それから、僕らも一心に基地へと走った。
終わりの待つ、基地へと。
*
基地の空気は澱んでいた。負傷者も多く、忙しない様子もある。
共に出掛けた八人の仲間は、一人しか戻らなかった。ヴェルベットの表情も見るからに疲れきっている。
「ごめんなさい……」
「何言ってる。ルアリテは何も悪くないだろ。俺の読みが甘かっただけだ。自分を責めるな」
「違う、全部僕が悪いんだ……こうなったのは全部僕の……」
否定を続けるヴェルベットが何かに気付いた。訪れた終わりの合図に、気が狂いそうになる。
足音が――それも大群の足音が地上から響いていた。
次の瞬間、何十発の銃声と地響きがした。突然天井が崩れ、光が基地に差し込む。
何人かの隊員が、下敷きになって死んだ。傷を負ったものも少なくない。ヴェルベットも飛んできた石で左腕を負傷していた。
焦る表情が語っている。なぜ基地を突き止められたのか、地上からは見えないはずなのに、と。他の隊員も同じらしく、皆が皆、言葉を失っていた。
瓦礫は、裏ルートへの入口を封鎖していた。逃げ道を失った隊員達は、導かれるように上空を仰ぐ。
目線の先、何十もの銃口が現れた。示す未来を察知し、一気に場が凍りつく。
「皆、武器庫へ逃げろ!」
ヴェルベットが叫んだ。咄嗟の判断を受け、仲間が動きはじめる。同時に、手を取られ後方の武器庫へ引っ張り込まれた。
直後、銃声が耳を劈く。結局、逃げ込めたのは武器庫の近くにいた僕らだけだった。
寸前まで迫った死の感覚に、数秒唖然とする。だが、無線機のノイズが小さく聞こえ、我に返った。任務はまだ途中だ。
「ごめん、ヴェルベットごめん……」
機械のごとく繰り返しながら立ち上がり、立て掛けられていた物体を――銃を手に取る。
「だからルアリテは……!」
そうして、振り返ったヴェルベットの額に突き付けた。がっちりと銃口を密着させ、引き金に指を添える。ヴェルベットは表情を強ばらせ、声を失っていた。
「僕、ずっと隠してたんだ。本当は君たちの敵なんだよ。スパイなんだ」
「……そうか、そういうことか」
「君たちとは、仲良しごっこしてただけなんだよ」
指が震える。過ごした年月は微々たる物だ。だが、愛の深さは期間に比例しない豊かなものだった。
「それは嘘だろ。だって、震えてるし泣いてるもんな。ルアリテも辛かったって訳だ」
ヴェルベットの瞳に、凛とした光が揺らぐ。
本心を完璧に言い当てられ、声を失った。今日に限って勝手に言葉が出ないなんて、使えない体だ。
開けた穴から、兵が降りてくる音がした。それも幾人も。それは足音に代わり、近づいてくる。
「スパイってことは、ルアリテは助かるってことだよな」
銃口を眼前にしながら、ヴェルベットは強く笑った。その笑みは覚悟を宿していた。
ヴェルベットの背後――武器庫の入口に何人もの兵士が見えた。
「ルアリテ、俺達の代わりに平和な世界を見てくれ。それと最後に一つ」
突き付けた銃を振り払い、翻る。立て掛けてあった武器を俊敏に取り、構えた。そのまま武器庫から走り去る。
「こうなったの、お前のせいじゃないからな」
――瞬間、激しい銃撃音が耳を打った。跳弾が部屋に入りこみ、僕の腕や腹も抉る。何発もの弾を受け、崩れるように地面に伏した。
痛みで思い出すのは拷問ではなく、散っていった仲間達だった。
――完全に音が止み、再び足音が聞こえ出す。それは僕の方へと近付いてきた。
脳内にて、優しく差し伸べられる手が見えた。君は英雄だと称賛する声も――想像の中でさえ、心地よさは微塵もなかったが。
跳ねる呼吸を繋ぎながら、どうにか上半身を起こす。そうして目線を上げた先、あったのは銃口だった。
差し伸べられていたのは、銃口だった。
――ヴェルベット、僕はずっと本当の仲間になれたらと思っていたよ。けれど、僕には命令に抗う勇気や強さがなかった。
でも、心のままにしていれば良かったね。そうすれば、皆で平和が見られたかもしれないよね。
ごめんね。家族同様に接してくれた君たちを裏切って。最期の最後まで優しかった君たちを殺してしまって。
ごめんね。死ぬなよって言ってくれたのに、平和な世界を見てくれって頼まれたのに、それは叶いそうにないよ。
僕は何の為に戦っていたんだろう。何の為に生きていたんだろう。一体、何の為に――。
引き金にかけられた指が動く。震える肩を抱きもせず、ただぎゅっと目を閉じた。
――本当、戦争って嫌だね。ねぇ、ヴェルベット?
「ルアリテ、大丈夫か?」
「何が? いつも通りだよ」
それなのに、刻み込まれた意識は勝手に体を動かす。
「隈が酷いような気がしたんだが気のせいか……」
「心配しすぎだよ。さぁ、敵を迎え撃つ準備をしよう」
本当は全てを打ち明け、助けを乞いたかった。でも出来なかった。泣き叫ぶ心を閉じ込め、ただ気丈な振りを貫いた。
選抜したメンバーを引き連れ、戦地へ赴く。裏ルートの作りも、もうすっかり覚えきった。
敵とぶつかるポイントへ身を隠して進み、普段通り攻撃のタイミングを待つ――振りをした。
隣にはヴェルベットがいて、気配に耳を澄ませている。
「今日は何だか人が少ない気がするな」
微かに漏れた呟きに、肩が跳ねかけた。
隊長と言うだけあって、やはり彼は鋭い。だが、悟られては困ると、咄嗟に返事を作り上げた。
「敵兵もそれだけ減ったってことかもね」
「そうならいいな。こんな戦争、早く終わって……」
言い訳すら、不必要かもしれないけど。
やや遠く――しかし、仲間のいる場所に激しい銃弾の雨が浴びせられた。
聞きなれた声で幾つかの悲鳴が上がり、人の倒れる音も続く。身を隠していた仲間が撃たれたのだ。
発射地点を割り出し、付近にいた仲間が迎撃する。だが、先回りされていたのか、またも悲鳴があがった。
それが何ヵ所かで繰り返される。これまでにない戦況の悪さに、ヴェルベットはただ絶句していた。
ただ、そんな状態でも策を練り続けてはいるのだろう。感覚を研ぎ澄ませ、思考している様子が見てとれる。しかし、何も浮かばないのか焦燥も見えた。
「撤退しよう」
切羽詰まった雰囲気を携え、自然体を装い呟く。最善先だと判断したのか、ヴェルベットは即座に頷いた。
予め設定しておいた撤退の合図を、銃声で表現する。それから、僕らも一心に基地へと走った。
終わりの待つ、基地へと。
*
基地の空気は澱んでいた。負傷者も多く、忙しない様子もある。
共に出掛けた八人の仲間は、一人しか戻らなかった。ヴェルベットの表情も見るからに疲れきっている。
「ごめんなさい……」
「何言ってる。ルアリテは何も悪くないだろ。俺の読みが甘かっただけだ。自分を責めるな」
「違う、全部僕が悪いんだ……こうなったのは全部僕の……」
否定を続けるヴェルベットが何かに気付いた。訪れた終わりの合図に、気が狂いそうになる。
足音が――それも大群の足音が地上から響いていた。
次の瞬間、何十発の銃声と地響きがした。突然天井が崩れ、光が基地に差し込む。
何人かの隊員が、下敷きになって死んだ。傷を負ったものも少なくない。ヴェルベットも飛んできた石で左腕を負傷していた。
焦る表情が語っている。なぜ基地を突き止められたのか、地上からは見えないはずなのに、と。他の隊員も同じらしく、皆が皆、言葉を失っていた。
瓦礫は、裏ルートへの入口を封鎖していた。逃げ道を失った隊員達は、導かれるように上空を仰ぐ。
目線の先、何十もの銃口が現れた。示す未来を察知し、一気に場が凍りつく。
「皆、武器庫へ逃げろ!」
ヴェルベットが叫んだ。咄嗟の判断を受け、仲間が動きはじめる。同時に、手を取られ後方の武器庫へ引っ張り込まれた。
直後、銃声が耳を劈く。結局、逃げ込めたのは武器庫の近くにいた僕らだけだった。
寸前まで迫った死の感覚に、数秒唖然とする。だが、無線機のノイズが小さく聞こえ、我に返った。任務はまだ途中だ。
「ごめん、ヴェルベットごめん……」
機械のごとく繰り返しながら立ち上がり、立て掛けられていた物体を――銃を手に取る。
「だからルアリテは……!」
そうして、振り返ったヴェルベットの額に突き付けた。がっちりと銃口を密着させ、引き金に指を添える。ヴェルベットは表情を強ばらせ、声を失っていた。
「僕、ずっと隠してたんだ。本当は君たちの敵なんだよ。スパイなんだ」
「……そうか、そういうことか」
「君たちとは、仲良しごっこしてただけなんだよ」
指が震える。過ごした年月は微々たる物だ。だが、愛の深さは期間に比例しない豊かなものだった。
「それは嘘だろ。だって、震えてるし泣いてるもんな。ルアリテも辛かったって訳だ」
ヴェルベットの瞳に、凛とした光が揺らぐ。
本心を完璧に言い当てられ、声を失った。今日に限って勝手に言葉が出ないなんて、使えない体だ。
開けた穴から、兵が降りてくる音がした。それも幾人も。それは足音に代わり、近づいてくる。
「スパイってことは、ルアリテは助かるってことだよな」
銃口を眼前にしながら、ヴェルベットは強く笑った。その笑みは覚悟を宿していた。
ヴェルベットの背後――武器庫の入口に何人もの兵士が見えた。
「ルアリテ、俺達の代わりに平和な世界を見てくれ。それと最後に一つ」
突き付けた銃を振り払い、翻る。立て掛けてあった武器を俊敏に取り、構えた。そのまま武器庫から走り去る。
「こうなったの、お前のせいじゃないからな」
――瞬間、激しい銃撃音が耳を打った。跳弾が部屋に入りこみ、僕の腕や腹も抉る。何発もの弾を受け、崩れるように地面に伏した。
痛みで思い出すのは拷問ではなく、散っていった仲間達だった。
――完全に音が止み、再び足音が聞こえ出す。それは僕の方へと近付いてきた。
脳内にて、優しく差し伸べられる手が見えた。君は英雄だと称賛する声も――想像の中でさえ、心地よさは微塵もなかったが。
跳ねる呼吸を繋ぎながら、どうにか上半身を起こす。そうして目線を上げた先、あったのは銃口だった。
差し伸べられていたのは、銃口だった。
――ヴェルベット、僕はずっと本当の仲間になれたらと思っていたよ。けれど、僕には命令に抗う勇気や強さがなかった。
でも、心のままにしていれば良かったね。そうすれば、皆で平和が見られたかもしれないよね。
ごめんね。家族同様に接してくれた君たちを裏切って。最期の最後まで優しかった君たちを殺してしまって。
ごめんね。死ぬなよって言ってくれたのに、平和な世界を見てくれって頼まれたのに、それは叶いそうにないよ。
僕は何の為に戦っていたんだろう。何の為に生きていたんだろう。一体、何の為に――。
引き金にかけられた指が動く。震える肩を抱きもせず、ただぎゅっと目を閉じた。
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