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Second battle
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「八番隊から配属されました、ルアリテと申します」
顔をあげた先、興味深そうな幾つもの目が僕を刺した。人を測る目でなく、期待の目であることが心をやけに刺激する。
純粋な瞳に見つめられると、どう対処すべきか迷ってしまう。
「皆、同じくらいの年の奴ばっかだからよ、そんなに固くなるなって。て言うことだから、今日からこいつも俺たちの仲間だ! 仲良くな!」
右隣にいた隊長のヴェルベットが、激励を込めて背中を強く叩いた。苦い記憶を巡らしながらも、控え目な笑みで『宜しく』と呟いてみる。
僕らを取り囲んでいた小さな戦士たちが、無邪気に笑って拍手をした。
*
僕が配属されたのは、前線側にある二番隊だ。八番隊とは遠く離れており、恐らく二番隊の中で基地の所在を知る者はいない。
いや、知らない前提で来ているのだから、そうでなければ困る。
僕はこの隊で、隊長の補佐役になるべく遣わされた。
「一人で来るの苦労しただろ? 基地も地下にあるしさ。無事に着いて本当に良かったよ」
「裏ルートを教わっていたので大丈夫でした」
これから赴く戦闘準備の最中、声を掛けられる。反射的に返した答えで、心にズキリと痛みが走った。
いや、発言自体は嘘ではない。ただ、背景にあるものが後ろめたさを作り出していた。
「あれ便利だろ。めっちゃ入り組んでるけど。俺たちで掘ったんだぜ」
誇らしげなヴェルベットの視線の先、同じく準備に勤しむ仲間たちがいる。小柄で幼い顔つきの少年少女が、大きな武器を手入れする姿には違和感しかなかった。
正直、ここに来た時はかなり驚いた。
二番隊は高い戦闘力を有しており、戦いにかなりの影響を与えている――との情報を事前に得ていたからだ。だからてっきり、屈強な大人たちが揃っているものだと思い込んでいた。
それが、実際は隊長のヴェルベットを除けば、ほぼ全員が十五にも満たないような子どもだったのだ。
ヴェルベットだって、恐らく、まだ二十歳にもなっていないだろう。加えて、総勢も三十人程度だった。
それなのに、大人をも圧倒する強さを彼らは持っているのだ。
「そうだ、戦闘経験は?」
「あります。ただ、この地は初めてなので役に立てるかどうか」
事実、僕は何度も戦場に立ち、死地を乗り越えている。それに、訳あって少しだけ有利になる条件も持っていた。
ただ、場が変われば自ずと動き方も変わるものだ。経験や思い込みに頼っていては命取りになる。
それに、僕には二番隊で必要とされる義務があった。一日でも早く場に馴染み、存在を求められる義務が――。
「気にするとこそこかよ。死にさえしなけりゃ良いって」
ヴェルベットの返事に、一瞬声が詰まった。だが、回答に迷う脳とは裏腹に、刻まれた感覚が即座に返答を作り上げる。
練り上げるより先に言葉が発せられる感覚は、いつだって奇妙だ。
「そうですよね、すみません。新人が何言ってるんだって感じですよね」
「そうじゃなくって。とにかく第一に生き残ることが優先、これ鉄則な」
「はい」
ヴェルベットが立ち上がる。それに僕も続いた。作戦に携わるメンバーも反応し、同じく腰を上げてゆく。
全員の瞳が、凛とした光を携えていた。以前、僕が見ていた色とは違う。
「さ、行くぞ」
この隊の強さは、恐らく生きる意思がもたらしているのだろう。それから仲間への信頼と愛が。最後にヴェルベットの戦略が。
それらがあるからこそ、成り立つ強さなのだ。きっと。
基地を出て、裏ルートを突き進む。胸に抱えた重圧が、ここに来て何倍も重くなっている。
なぜ、僕なのだろう。なぜ、この隊なのだろう。彼らじゃなければ、もう少し楽だったかもしれないのに――。
沸き上がる疑問を持ちながらも、銃弾交わる戦地へと飛び込んだ。
*
前線での戦闘は悲惨だった。一度姿を目撃されれば、何十発の銃弾に追われる。しかし、逃げるだけでは埒が空かないため、こちらも応戦し、敵を確実に殺してゆく。
そんなやり取りを数箇所で同時進行し、二番隊は今日も勝利を納めた。
だが、戦闘後の基地に歓喜はなかった。場に満ちるのは、悲しみや呻きなどの悲痛な声のみだ。
敵軍を一時撤退させたのだ、勝ったとの表現は正しい。だが、勝ちと一言で言えど、こちらに被害がなかったわけではない。
事実、二人の仲間が命を落とし、一人が重症を負った。僕やヴェルベット含む他の隊員も、軽症ではあるがどこかしら怪我をした。十人で赴いてこれだ。
現実を前に、言葉が出なかった。
これまた勝手なイメージで、二番隊は圧勝ばかりを納めているのだと思っていた。だが、彼らも全身全霊で命を繋いでいるだけだったのだ。
出掛ける前は溌剌としていたヴェルベットも、帰ってきてから覇気がない。とは言え、率先して安否確認を行ったり、他者を励ましたりと繕おうとしてはいた。
そんなヴェルベットは今、先ほど鳩から受け取った伝書を読んでいる。
「ルアリテ、今良いか? 次の作戦を組みたい」
「もちろんです」
*
どうやら伝書は、敵の動きに関するものだったらしい。古典的な方法が少し意外であったと同時に、ある不安が胸を掠めた。
集中して作戦を練るべく、普段使う大広間から武器庫へ移動する。
様々な銃が所狭しと並ぶ武器庫は、大広間とは違い重々しい雰囲気を醸していた。その中で、二人して次なる作戦を練った。
「ヴェルベットさん、大丈夫ですか?」
「急だな」
「落胆しているように見えまして」
伝書を再読し、組み終わった作戦と改めて整合させる。メモの代わりに記憶に刻み、脳内で幾度と反芻した。
「鋭いな。あいつらにはバレたことないのに」
隠してはいなかったのか、以外とあっさり認められ、つい顔をあげてしまう。ヴェルベットは情けなく笑っていた。
「大丈夫かそうじゃないかって言えば大丈夫だ。けど、仲間の死はいつまで経っても慣れねぇし悲しい」
この隊には元々百近くの仲間がいたのだと、彼は続ける。それから、土で固められた天井を仰いだ。
「戦争なんか悪いもんしか生まねぇのに、なんでやるんだろうな」
感情で満ちた呟きに、境遇が重なり激しい共感を抱く。
いや、僕でなくとも、戦地に放られた人間なら全員抱くことだろう。メリットがあると言えるのは、傍観している人間だけだ。
「本当にその通りですね」
「ルアリテ、お前は絶対生きろよ。何があっても。お前ももう俺たちの仲間なんだからな」
「はい」
優しさが痛い――胸の奥で視た未来に、表情が奪われないよう堪えた。
顔をあげた先、興味深そうな幾つもの目が僕を刺した。人を測る目でなく、期待の目であることが心をやけに刺激する。
純粋な瞳に見つめられると、どう対処すべきか迷ってしまう。
「皆、同じくらいの年の奴ばっかだからよ、そんなに固くなるなって。て言うことだから、今日からこいつも俺たちの仲間だ! 仲良くな!」
右隣にいた隊長のヴェルベットが、激励を込めて背中を強く叩いた。苦い記憶を巡らしながらも、控え目な笑みで『宜しく』と呟いてみる。
僕らを取り囲んでいた小さな戦士たちが、無邪気に笑って拍手をした。
*
僕が配属されたのは、前線側にある二番隊だ。八番隊とは遠く離れており、恐らく二番隊の中で基地の所在を知る者はいない。
いや、知らない前提で来ているのだから、そうでなければ困る。
僕はこの隊で、隊長の補佐役になるべく遣わされた。
「一人で来るの苦労しただろ? 基地も地下にあるしさ。無事に着いて本当に良かったよ」
「裏ルートを教わっていたので大丈夫でした」
これから赴く戦闘準備の最中、声を掛けられる。反射的に返した答えで、心にズキリと痛みが走った。
いや、発言自体は嘘ではない。ただ、背景にあるものが後ろめたさを作り出していた。
「あれ便利だろ。めっちゃ入り組んでるけど。俺たちで掘ったんだぜ」
誇らしげなヴェルベットの視線の先、同じく準備に勤しむ仲間たちがいる。小柄で幼い顔つきの少年少女が、大きな武器を手入れする姿には違和感しかなかった。
正直、ここに来た時はかなり驚いた。
二番隊は高い戦闘力を有しており、戦いにかなりの影響を与えている――との情報を事前に得ていたからだ。だからてっきり、屈強な大人たちが揃っているものだと思い込んでいた。
それが、実際は隊長のヴェルベットを除けば、ほぼ全員が十五にも満たないような子どもだったのだ。
ヴェルベットだって、恐らく、まだ二十歳にもなっていないだろう。加えて、総勢も三十人程度だった。
それなのに、大人をも圧倒する強さを彼らは持っているのだ。
「そうだ、戦闘経験は?」
「あります。ただ、この地は初めてなので役に立てるかどうか」
事実、僕は何度も戦場に立ち、死地を乗り越えている。それに、訳あって少しだけ有利になる条件も持っていた。
ただ、場が変われば自ずと動き方も変わるものだ。経験や思い込みに頼っていては命取りになる。
それに、僕には二番隊で必要とされる義務があった。一日でも早く場に馴染み、存在を求められる義務が――。
「気にするとこそこかよ。死にさえしなけりゃ良いって」
ヴェルベットの返事に、一瞬声が詰まった。だが、回答に迷う脳とは裏腹に、刻まれた感覚が即座に返答を作り上げる。
練り上げるより先に言葉が発せられる感覚は、いつだって奇妙だ。
「そうですよね、すみません。新人が何言ってるんだって感じですよね」
「そうじゃなくって。とにかく第一に生き残ることが優先、これ鉄則な」
「はい」
ヴェルベットが立ち上がる。それに僕も続いた。作戦に携わるメンバーも反応し、同じく腰を上げてゆく。
全員の瞳が、凛とした光を携えていた。以前、僕が見ていた色とは違う。
「さ、行くぞ」
この隊の強さは、恐らく生きる意思がもたらしているのだろう。それから仲間への信頼と愛が。最後にヴェルベットの戦略が。
それらがあるからこそ、成り立つ強さなのだ。きっと。
基地を出て、裏ルートを突き進む。胸に抱えた重圧が、ここに来て何倍も重くなっている。
なぜ、僕なのだろう。なぜ、この隊なのだろう。彼らじゃなければ、もう少し楽だったかもしれないのに――。
沸き上がる疑問を持ちながらも、銃弾交わる戦地へと飛び込んだ。
*
前線での戦闘は悲惨だった。一度姿を目撃されれば、何十発の銃弾に追われる。しかし、逃げるだけでは埒が空かないため、こちらも応戦し、敵を確実に殺してゆく。
そんなやり取りを数箇所で同時進行し、二番隊は今日も勝利を納めた。
だが、戦闘後の基地に歓喜はなかった。場に満ちるのは、悲しみや呻きなどの悲痛な声のみだ。
敵軍を一時撤退させたのだ、勝ったとの表現は正しい。だが、勝ちと一言で言えど、こちらに被害がなかったわけではない。
事実、二人の仲間が命を落とし、一人が重症を負った。僕やヴェルベット含む他の隊員も、軽症ではあるがどこかしら怪我をした。十人で赴いてこれだ。
現実を前に、言葉が出なかった。
これまた勝手なイメージで、二番隊は圧勝ばかりを納めているのだと思っていた。だが、彼らも全身全霊で命を繋いでいるだけだったのだ。
出掛ける前は溌剌としていたヴェルベットも、帰ってきてから覇気がない。とは言え、率先して安否確認を行ったり、他者を励ましたりと繕おうとしてはいた。
そんなヴェルベットは今、先ほど鳩から受け取った伝書を読んでいる。
「ルアリテ、今良いか? 次の作戦を組みたい」
「もちろんです」
*
どうやら伝書は、敵の動きに関するものだったらしい。古典的な方法が少し意外であったと同時に、ある不安が胸を掠めた。
集中して作戦を練るべく、普段使う大広間から武器庫へ移動する。
様々な銃が所狭しと並ぶ武器庫は、大広間とは違い重々しい雰囲気を醸していた。その中で、二人して次なる作戦を練った。
「ヴェルベットさん、大丈夫ですか?」
「急だな」
「落胆しているように見えまして」
伝書を再読し、組み終わった作戦と改めて整合させる。メモの代わりに記憶に刻み、脳内で幾度と反芻した。
「鋭いな。あいつらにはバレたことないのに」
隠してはいなかったのか、以外とあっさり認められ、つい顔をあげてしまう。ヴェルベットは情けなく笑っていた。
「大丈夫かそうじゃないかって言えば大丈夫だ。けど、仲間の死はいつまで経っても慣れねぇし悲しい」
この隊には元々百近くの仲間がいたのだと、彼は続ける。それから、土で固められた天井を仰いだ。
「戦争なんか悪いもんしか生まねぇのに、なんでやるんだろうな」
感情で満ちた呟きに、境遇が重なり激しい共感を抱く。
いや、僕でなくとも、戦地に放られた人間なら全員抱くことだろう。メリットがあると言えるのは、傍観している人間だけだ。
「本当にその通りですね」
「ルアリテ、お前は絶対生きろよ。何があっても。お前ももう俺たちの仲間なんだからな」
「はい」
優しさが痛い――胸の奥で視た未来に、表情が奪われないよう堪えた。
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