星が降ったのは

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アルナイル―6

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 ショベルカーで削られたかのように、岩が抉れている。壊れた岩は下の道に流れ、道を破壊したまま止まっていた。壊した道の一部も、土も、色々なものをまぜこぜにして。

「ミラさんの大好きな方は、一体どこに……」

 軽く辺りを見回したが、やはり人の気配はない。それどころか、動物の気配すらなかった。
 待ち合わせをするにしても、この場所は変だ。

「……数年前ね、私達は事故にあったの。散歩中、崩れてきた岩屑流に巻き込まれたのよ」

 説明された瞬間、全てを悟った。崩れた道も、足のことも、大好きな人の居場所も――。

「旦那はね、その時に死んでしまったの」

 凄惨な事故現場を前に、ミラは泣いていた。涙で頬に細い線を描いている。

「そして、運がいいのか悪いのか、私だけがこうして生き残ってしまったのよ」

 ミラが、不安定に立ち上がる。危なっかしく揺れる体を、抱くように支えた。
 無残に壊れた、自然が痛々しい。

 あの願いに、こんな意味が隠されていたなんて。

「彼の遺体は、まだあの中にあるわ。だから、ここにいるって言ったのよ。そして、魂もここにいる」

 幾粒もの雫を落としながらも、ミラはずっと現場を見つめていた。愛しさと悲しさが、共に宿る瞳だ。

 場違いながら、その瞳で見詰められたいと感じてしまった。

「……って、ずっとそう思っていたけど、もしかすると違うかもしれない」
「えっ?」

 早速、願いが通じたのか、ミラはこちらを見ていた。涙で覆われた瞳は、少し細くなっている。

「もっと、違う所にいる気がしてきたの」

 ミラの中で、何が起こったのかは分からない。しかし、笑顔ゆえ良い何かなのは間違いないだろう。

 とは言え、これでは試験失敗だ。ミラの願いを叶られなかった。
 大好きな人に、会うとの願いを。

「……どちらにせよ、願い叶えられませんでしたね」

 だが。

「いいえ、叶ったわ。だって会えたもの」

 ミラは、浅く首を横振りした。涙がそうさせているのか、溶けそうな微笑みで僕を見る。
 その左手が、頬に添えられた。

「ここまで連れて来てくれてありがとう。貴方に出会えて良かった。貴方に出会えたから、もう少し未来を見てみたくなったわ……」

 向けられた笑顔に、言い表せない感慨を覚えた。じんわりと胸が熱くなり、嬉しくて涙まで出そうになる。

 ――よし、決めた。

 視線の端、何かが動いた。釣られて見ると、ミラの右手が大空を指差していた。

「見て、星がよく見えるわ。生まれてくる貴方に会えるよう、願ったら届くかしら」

 澄んだ空気の中、星々が輝いている。二人の上にも、抉れた山の上にも、燦々と。

「はい、絶対叶いますよ」

 空を見詰める。今日は、絶好のお願い日和だ。きっと、ここからでも空に声が届くだろう。

「だって、僕もお願いしますから」

 小さく、言葉を唱える。それを聞いてか、ミラも似たような言葉を紡ぎ始めた。
 そうして、言い終わって二人で笑う。

「絶対、会えますね」
「そうね、絶対会いましょう。私、貴方が来てくれるのを楽しみにしているわ」

 二人分の声だ。願いは必ず叶うだろう。
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