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温度
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一時間と言うのは短いもので、気付けば残り十分を切っていた。
SIOは本当に声が聞きたかっただけなのか、過去や素顔について一切触れてこなかった。
お互い目を合わせないまま、声だけを飛ばしあう。
「私、実は友だち作りが苦手で。だからキオさんとの会話が一番楽しかったんです。いつも反応嬉しかった」
温かな言葉に、目尻が熱くなった。
顔を隠した状態ではあるが、こうして人と隣合って話せると思っていなかった。
「……それは僕の方だよ。僕こそずっと楽し……」
涙が落ちた。この間より、更に温かな涙だ。嬉しさが嗚咽まで作り出す。
「キオさん、泣かな……わぁっ」
声が中途半端に切れ、反射的に振り向く。すると、SIOがベンチから落ちていた。
状況が把握できず、動揺してしまう。SIOは少し悲しげに笑った。
「……ごめんなさい。まだ距離感とか掴めなくて……」
「……えっ?」
「……私、見えないんです」
絶句する。疑問が湧きあがる。同時に、SIOの寄越した言葉の意味も理解した。
どんな顔でもいいのは、見えなくなるからだったのだろう。声しか、残らなくなるから。
顔なんて、何も関係なくなるから。
「数日前に手術で。だから会っておきたかったんです。勝手な事情に付き合わせてごめんなさい」
全てのピースが噛み合った。本当は、見えている内に会いたかったのかもしれない。
「……そんなことない」
「……あの、お顔触っても良いですか?」
緊張ゆえに気付かなかったが、SIOの視線は少し逸れていた。本当に見えないのだ。
けれど、約束を取り付け来てくれた。失明を知りながら、来てくれた。
彼もまた、不安の内にここにいるのかもしれない。
「……もちろん」
誰もいないことを軽く確認し、装備を外した。外で素顔を晒すのは事故以来だ。
冷たい風が、やたらと攻撃的に感じる。隠してしまいたいとの感情が、外したマスクを強く握らせた。
揺れていた指先が、頬を撫でる。顔の場所を把握したのだろう、手の平が頬に被さった。
とても温かな手の平だった。
記憶するように、確かめるように、優しい指先は顔面をなぞる。壊れた骨格も鼻筋も全て。
「……会えて良かった」
「……僕もだよ」
SIOの中の僕は、本物より幾分良くなっているかもしれない。それでも、受け容れられて嬉しかった。
「キオさん。私、見えてても同じ事を言いましたよ。信じて貰えないかもしれないけど」
敢えて切り出され、少し笑ってしまった。相変わらず彼は純粋で優しい。
「いや、信じるよ」
それに、建前でも良かった。笑顔でそう言ってくれる存在がいるだけで、そう分かっただけで救いになる。
「……ありがとう」
世間は冷たくて、味方などいないと思っていた。けれども、探せばどこかにはいるのかもしれない。
まだ出会えていないだけで、自分を許してくれる存在はいるのかもしれない。
そんな誰かに出会えたなら、少しの勇気が得られるかもしれない。孤独じゃないと思えるかもしれない。
世界が、何も変わらなくても。
「おーい、迎え来たよー」
背後から声がした。手が離れた隙に慌ててサングラスとマスクを着用する。
振り向くと友人らしき男性が立っていた。軽く会釈をしあう。
「もう時間なんだ……」
表情を曇らせたSIOの、右手に優しく触れた。
「今日はありがとう。少しだけ前向きになれる気がするよ」
「……私もです。本当にありがとうございました。キオさん、お互いこれからも頑張って行きましょうね」
握り返された手の平は、まだ温もりを残していた。その温度が、心まで温める。
「うん、お互いに」
進んでは下がって、悩んで折れて。それでも少しずつ、ほんの少しずつでも前に進んで行こう。
貴方のような人と、出会える事を願って。
SIOは本当に声が聞きたかっただけなのか、過去や素顔について一切触れてこなかった。
お互い目を合わせないまま、声だけを飛ばしあう。
「私、実は友だち作りが苦手で。だからキオさんとの会話が一番楽しかったんです。いつも反応嬉しかった」
温かな言葉に、目尻が熱くなった。
顔を隠した状態ではあるが、こうして人と隣合って話せると思っていなかった。
「……それは僕の方だよ。僕こそずっと楽し……」
涙が落ちた。この間より、更に温かな涙だ。嬉しさが嗚咽まで作り出す。
「キオさん、泣かな……わぁっ」
声が中途半端に切れ、反射的に振り向く。すると、SIOがベンチから落ちていた。
状況が把握できず、動揺してしまう。SIOは少し悲しげに笑った。
「……ごめんなさい。まだ距離感とか掴めなくて……」
「……えっ?」
「……私、見えないんです」
絶句する。疑問が湧きあがる。同時に、SIOの寄越した言葉の意味も理解した。
どんな顔でもいいのは、見えなくなるからだったのだろう。声しか、残らなくなるから。
顔なんて、何も関係なくなるから。
「数日前に手術で。だから会っておきたかったんです。勝手な事情に付き合わせてごめんなさい」
全てのピースが噛み合った。本当は、見えている内に会いたかったのかもしれない。
「……そんなことない」
「……あの、お顔触っても良いですか?」
緊張ゆえに気付かなかったが、SIOの視線は少し逸れていた。本当に見えないのだ。
けれど、約束を取り付け来てくれた。失明を知りながら、来てくれた。
彼もまた、不安の内にここにいるのかもしれない。
「……もちろん」
誰もいないことを軽く確認し、装備を外した。外で素顔を晒すのは事故以来だ。
冷たい風が、やたらと攻撃的に感じる。隠してしまいたいとの感情が、外したマスクを強く握らせた。
揺れていた指先が、頬を撫でる。顔の場所を把握したのだろう、手の平が頬に被さった。
とても温かな手の平だった。
記憶するように、確かめるように、優しい指先は顔面をなぞる。壊れた骨格も鼻筋も全て。
「……会えて良かった」
「……僕もだよ」
SIOの中の僕は、本物より幾分良くなっているかもしれない。それでも、受け容れられて嬉しかった。
「キオさん。私、見えてても同じ事を言いましたよ。信じて貰えないかもしれないけど」
敢えて切り出され、少し笑ってしまった。相変わらず彼は純粋で優しい。
「いや、信じるよ」
それに、建前でも良かった。笑顔でそう言ってくれる存在がいるだけで、そう分かっただけで救いになる。
「……ありがとう」
世間は冷たくて、味方などいないと思っていた。けれども、探せばどこかにはいるのかもしれない。
まだ出会えていないだけで、自分を許してくれる存在はいるのかもしれない。
そんな誰かに出会えたなら、少しの勇気が得られるかもしれない。孤独じゃないと思えるかもしれない。
世界が、何も変わらなくても。
「おーい、迎え来たよー」
背後から声がした。手が離れた隙に慌ててサングラスとマスクを着用する。
振り向くと友人らしき男性が立っていた。軽く会釈をしあう。
「もう時間なんだ……」
表情を曇らせたSIOの、右手に優しく触れた。
「今日はありがとう。少しだけ前向きになれる気がするよ」
「……私もです。本当にありがとうございました。キオさん、お互いこれからも頑張って行きましょうね」
握り返された手の平は、まだ温もりを残していた。その温度が、心まで温める。
「うん、お互いに」
進んでは下がって、悩んで折れて。それでも少しずつ、ほんの少しずつでも前に進んで行こう。
貴方のような人と、出会える事を願って。
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