私は彼女の

有箱

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 私の幼馴染みは、美人で優しい。学校中でも人気者で、男子達曰く高嶺の花的な存在らしい。
 しかし、とある理由があって彼女の周りにはあまり人が寄らなかった。

 けれども、それでいい。そうでなければ困る理由が二つあるからだ。
 一つは私だけの問題だけれど。私が彼女を愛していると言う、一生解決出来そうもない問題だけど――。



「夏芽、シャンプー変えた?」

 指を通した髪が、さらりと解けて落ちる。

「凄い、分かったの? そう、新しいのにしてみたの」

 振り向いた振動で、ふわりと香りが広がった。

「そりゃ、私は夏芽のことなんでも知ってますから」
「ふふ、さすが凜ちゃん」

 柔らかに笑った、幼馴染みの名前は桐谷夏芽と言う。
 白い肌に、艶やかな黒髪。おっとりとした瞳は穏やかで、表情一つ一つが魅力的に映る。あまり露出されない足は長く、体つきも女性らしい。

 そんな完璧な外見に加え、成績優秀、頭脳明晰、しかも性格も良いとなれば人気者になるのも必然と言えるだろう。

 対照的に、私は外見に無関心で且つ幼児体型ゆえ、男子達からもよくネタにされるほどに男らしかった。

 恐らく、幼馴染みでなければ近づく事すら許されなかっただろう。



「あれ、また待ってんの?」

 放課後、教室に居残っていると、クラスメイトの島田が近付いてきた。こいつは組の中で一番夏芽を気にしている。
 もちろん、恋愛対象としてだ。

「うん、私夏芽の彼氏だから」

 夏芽は今、委員会の都合で別の教室にいる。大してやることはないが、それが終わるまで待っていたのだ。

 夏芽が頼まれごとを断れない性格ゆえ、こういうことは慣れている。
 その度に近付かれ、話しかけられるのには慣れないが。

「……あのさ、何度も言うんだけどそれ止めない? 桐谷さん綺麗なんだし、彼氏が女って色々駄目でしょ。あと、やっぱよく思ってない人もいるしさ。そこは男に譲らない?」

 島田はいつもこうだった。ゆえに、私はこの男が好きではない。

「嫌だって言ってるじゃん。それに、夏芽が男の人苦手なの知ってるでしょ?」

 ――人に寄り付かれると困る理由、その二がこれだ。もう一つと違い、割と公な理由ではある。 

 夏芽は人気者だが、男が苦手だ。中学生の時、クラスの男子に嫌な事をされたからだそうだ。

 その話を聞いて以来、私は全力で夏芽を守ろうと決めた。男を寄せ付けないための策として、彼氏という設定を作り上げた。自然な流れで決定した時は、内心大喜びしたものだ。

 極端な話、近くにいられさえすれば何だって良いのだけれど。
 それが例え、犬でも下僕でも。

「いや、だからさ。仲良しのお前から島田は大丈夫な奴だよって言ってくれればいけるかもじゃん? 別に本気で彼氏やってる訳でもないだろ?」
「とにかく諦めて」

 無意識に気にしていた時計が、予め尋ねておいた終了時刻に近付いた。そろそろ迎えに行ってもいい頃だろう。

「いやいや、俺も桐谷さんの為に言ってんだよ? 生涯独り身でいさせる積もりなの?」
「はいはい、とにかく無理。私そろそろ行くから」
「そうやってると、いつまで経っても男嫌いを直せないと思うんだけど!?」

 毎度の如く、島田のしつこい物言いを切り捨てる。明らかな嫌悪感を向けられたが、夏芽にさえ近付かれなければどうだって良かった。



 教室が見えてきた頃、夏芽がちょうど良く扉から出てきた。
 全身を捉えた瞬間、走って勢いよく抱きつく。夏芽も、優しい手付きで頭を撫でてくれた。

「委員会お疲れ様!」
「ありがとう、今日も待たせちゃってごめんね」

 後から出てきた生徒達は、私達に視線を向ける。微笑ましい目も、羨望の眼差しも、時には嫌な目もあるが、前に比べれば奇怪な物を見る目は減った。

「あ、そうだ。今日家寄ってもいい?」
「ええ、もちろん」

 それくらい前から、私達はカップルとして過ごしている。
 その実態は、結構複雑だけど。



 幼馴染みとは特権である。そして、女と言う性別も特権だ。

「はい、飲み物これで良かったよね?」
「ありがとー、これ好き!」

 現在、以前からの約束を口実に夏芽の家に来ている。通されるのはもちろん自室で、私は幼い頃から何度もこの空気に触れてきた。第二の自室と呼べるくらい、落ち着ける場所だ。

 夏芽は、制服の窮屈さが好きではないらしく、帰るなり直ぐに脱いでしまった。
 中に着ていたシャツと、ショートパンツが色気を醸している。これも幼い頃からの名残だ。無論、スルーは出来ない。

「いつもありがとうね」

 ローテーブルの向かいに腰掛けながら、夏芽が唐突に発した。

「えっ、何が?」
「彼氏の振りしてくれて。本当は嫌でしょう……?」

 マグカップを手に持った夏芽は、瞳を俯かせ中身を少し啜る。その目は少し寂しげで、でも美しかった。言葉にされていない感情が、奥で揺らいでいるのが見える。

「いや全然。寧ろ楽しくて良いよ。で、何かあった?」

 図星だったのか、夏芽の瞳は丸く煌いた。カップを口から離し、仄かな微笑を情けなさそうに浮かべる。

「分かるのね」
「何か言われた?」
「……委員会で隣になった子にね、女の子に彼氏は変だって言われちゃったわ。結婚出来ないし、ちゃんと男の子と付き合うべきだともね」
「うん、で?」
「凜ちゃんも、やっぱり何か言われる時あるでしょう? 男の子の方が良いのは凜ちゃんもそうだし。私の都合で付き合わせて申し訳ないってよく考えるの」

 真面目に現状と向き合う様子に、少し心が痛くなった。望んでそうしているとは露知らず、真剣に悩んで。

「はは、私はいいよ。言われても気にしないし、そもそも男子が相手にしない。だから夏芽が止めたくなるまでは付き合うよ」

 ――なんて。

「……ありがとう」

 少し安心したように、夏芽は再び飲料を含んだ。穏やかな表情も、一口ごとに零れる吐息も、伏せたり開いたりするその瞳も、全てが美しい。

 本当は誰にも見せたくないんだ、なんて言ったら怒るだろうか。
 深い優しさも独り占めしたい、なんて言ったら夏芽はきっと――。



 恋の始まりは、確か幼稚園の時だった気がする。夏芽と誰かが話していると、なぜか焼餅を焼いてしまった。で、耐え切れず、その度乱入した記憶がある。

 小学生になれば、それは明確な自覚となり、夏芽を恋愛対象として見ているのだと気付いた。
 しかし、当時既に〝恋愛は異性とするもの〟との一般常識も心得ており、公言はしなかった。

 で、中学で男嫌いとなる事件が起こり、好機が訪れた。それでも本気の愛を伝える勇気はなく、男避けの策として遊び半分で提案した所、カップルの称号を得られたという訳だ。

 と言う事もあり、夏芽は私の本心を知らない。先の発言の通り、付き合わせているだけだと考えているのだろう。
 本当は、本物になりたいとさえ思っている、この気持ちとは真逆で。

 多分、伝えれば夏芽は許してくれる。その優しさは誰より知っている積もりだ。確信まで持てるほどに。

 だからこそ、私はずっと言えなかった。今は周りの目なんかじゃない、彼女の心を病ませるのが嫌で言えないのだ。

 でも、伝えたい。なんて、揺れては私を悩ませた。
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