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第十八話

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 その頃オオカミ少年は、よだれが垂れるほどの良い香りに誘われ、てくてくと上の空で歩いていた。
 どこからの香りか分からないまま、ただただ香りの元へと向かってゆく。

「ってあ!ここ赤ずきんの家じゃないか!」

 オオカミ少年は、家の前まで来てようやく気付いた。
 窓から、にこにこと話しているする赤ずきんとおばあさんの横顔を見つけ、とっさに茂みまで隠れる。
 とりあえずまっすぐ飛び込んでから、もう一度窓の中の二人を見つめる。

 赤ずきん、大丈夫そうだぁ…。

 ほっこりと溜め息をついたオオカミ少年は、自分の口元が笑っているのが急にふしぎになった。

 だがそれよりも、再び香ってきたおいしそうな匂いにオオカミ少年は、気を取られる。
 正体はなんだろうともう一度赤ずきんを見た時、手に持たれた鉄板の上にある丸い物体に気付く。

 た、食べたーーーーーーーーーい!

 匂いの正体が赤ずきんの持つ丸い物からだと、なんとなくで分かった。
 こんがり色付いた茶色、少し香ばしく、けれども甘い香りが、食べたい気持ちを大きくする。

「…でも、赤ずきんに会ったら、また聞かれるかもしれない…逃げちゃった理由とか、ずっと聞いて来るかも…」

 オオカミ少年は、赤ずきんの恐ろしい顔を頭に浮かべて、しゅんと背中を小さくしながらひとりぼっちで呟いた。



「来ないわねぇ」

 皿に乗ったエッグタルトを見ていたおばあさんは、赤ずきんの不満げな声に顔を上げる。
 赤ずきんの目線が窓の外に向いていたため、オオカミ少年に対して言っているのだと直ぐに分かった。
 見なくとも、なんとなく分かってはいたが。

「オオカミちゃんね?来て欲しいの?」
「っていう訳じゃないんだけど、これだけおいしい香りがしてるのになぁって思っただけよ」

 赤ずきんはにぎっていたフォークでタルトを取り、口いっぱいにほおばると『おいしー!』と喜びの叫びを上げた。

「そうねぇ、もって行ってあげたら?」

 赤ずきんとオオカミ少年が、友だちになればいいのに。
 との、おばあさんの考えを知ってかしらずか、

「うーん、そうね、せっかくのおばあさんのおいしいお菓子、食べさせてあげたいものねー」

 と、赤ずきんはうなづいた。
 そして、真ん中の皿にいくつか並ぶタルトの一つに目を止める。
 そして、指差した。

「じゃあこれ、もって行っても良い?」

 おばあさんは、ふぞろいな中で一番大きなタルトを指差したのを見て、嬉しそうにほほえんだ。

「良いわよ、今包み用意するわね」
「ありがとう、でも適当で良いわよ、すぐ食べちゃうだろうし」

 赤ずきんはきっと、何も考えずに選んだんだろうけれど。

 エッグタルトを満足いくまで食べた赤ずきんは、はじめに立てた予定を思い出し花摘みに行くことにした。
 ついでにオオカミ少年に、じまんのお菓子を届けるつもりだ。

「じゃあ、行って来るわね」
「オオカミちゃんに、よろしくね」

 おばあさんには風邪を引かないように、家で待っていてもらうことにした。
 編み物の続きをしたいとも言っていたし。
 赤ずきんは右手の、ひも付きの小さな紙袋を見て満足気に笑った。



 オオカミ少年は、ずっと見ていた。
 匂いだけでがまんしていた結果、ぐーぐーとなるお腹の音を聞きながら、赤ずきんが家から出てくるのを。
 ただ、用意している姿は見ておらず、手の荷物が何かはまだ知らない。

 赤ずきんの行く場所を見つめながら、茂みの中に隠れ続ける。ばれないように、音も立てずに。

「……今日は何をしに出てきたんだろう…」

 自分が一人ごとを漏らしているのには、気付かないまま。
 赤ずきんはさっそくキレイな花を見つけ、オオカミ少年のいる場所まで来ずにしゃがみ込んだ。

 ぶつぶつと何かを言うオオカミ少年のいる場所をしっかりつかみながらも、花摘みが一番したかったため、今はほうっておくことにしたのだ。

 黄色の花びらがたくさんついている花を摘んでは、カゴに入れてゆく。おばあさんの喜ぶ顔をイメージすると、自然と笑みがこぼれた。

「…お花摘みか…飾るやつかな…赤ずきんはお花が好きなのかな…食べれないのになぁ…」

 オオカミ少年は、楽しそうに花を摘む赤ずきんをじっと見つめる。
 だが、お腹が大きな音を立て、また鳴り出してしまった。

「おっ、お腹なるな…!」

 必死にお腹に両手を当てて、叱り付ける。
 赤ずきんに、居場所がばれてしまってはいけないのに。会っても何を話したらいいか分からないから、会っちゃダメなのに。

「盛大ねぇ」
「うわぁああぁああぁ!」

 先程まで楽しげに花を取っていた赤ずきんが、急に目の前に現れてオオカミ少年は後ろに跳ねた。
 その顔は、いつも通り恐ろしい。もちろん赤ずきんは、怖い顔をしているつもりは無いが。

「そんなに驚かなくても良いじゃない」

 オオカミ少年がおなかから耳に手を移した時、目の前に紙袋が差し出された。

「へっ?」

 知らない内に近くなっていた事にもびっくりしたが、それ以上に、ただよって来た香りに気持ちが持っていかれる。

「これって、赤ずきんとおばあさんが食べてたやつ!!」
「え?まぁそうだけど、何、見てたの?」
「ひぇっ、見てない!見てないです!!」

 オオカミ少年は、赤ずきんの怒りが降るのを恐れて、さらに強く耳を押さえた。取られてしまわないように、守る。
 しっぽは赤ずきんから遠いので、今は安全だろうとひたすら耳を守る。

「はい」

 紙袋が目の前で揺れた。その動きの意味が分からずにとまどう。

「……な、なに」

 どうやらオオカミ少年は、エッグタルトが自分の分だと分かっていないらしい。
 もしかして見せ付けているだけだと思われているのか、と少しあきれたが、赤ずきんはすぐに分かりやすく言葉にした。

「なにってアナタの分じゃない、いらないなら食べるわよ」
「えっ、僕の?居る!食べる!」

 オオカミ少年は紙袋をわしづかむと、すばやく中身を取り出す。
 お腹がからっぽで、しかも食べたいと見つめていた物が目の前にあるのだ、口に入れてしまいたくてしょうがない。
 袋ごとにぎった事で少し崩れたタルトを両手に、あーんと大口をあける。

「味わいなさいよ」

 だが注意され、少しだけかじった。

「おいしい!!」
「でしょ、おばあさんのお菓子は最高なのよ」

 赤ずきんも手伝ったが、味付けや材料の量などは全ておばあさんが決めてくれた。
 赤ずきんは、その味が大好きなのだ。
 だから、オオカミ少年も気に入ってくれて嬉しかった。

「そうだ、お菓子パーティなんかどうかしら?」

 何も言わなくても、おばあさんは良いよと言ってくれると分かっていた。
 だから早くも、思い付きを声にする。

 森の仲間たちとおばあさんとオオカミ少年とで、お菓子パーティをしたならば、皆仲良くなれないだろうか。
 木の実やフルーツ、手作りお菓子を持ち寄ったら、きっと楽しいパーティになるだろうし。

 ふわふわと、楽しげな仲間たちの顔が浮かんだ。

「えっ?お菓子パーティ!?やりたい!」

 オオカミ少年のキラキラした瞳が、赤ずきんの目に映った。口元はまだ、もぐもぐしている。
 多分、庭で3人でやるとでも思っているんだろうな。
 でも皆でと言ったら、また強がって隠れてしまうかもしれない。

 赤ずきんは、絶対逃げると思い、言うのをやめた。
 もしちゃんと決まったら、その時に報告しよう。ムリにでも会わせないと、きっかけすらできないし……。

「じゃあ、詳しい事が決まったら、また来るわね」
「うん!」

 赤ずきんは、頭の中で広がる楽しい日を本物にしたくて、そのために早々とオオカミ少年の前から去った。
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