犬くんの話

有箱

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潜り込む【1】

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 準備を千パーセント仕上げ、予定通り申畑へ出社した。
 犬飼さんは転勤で来た設定らしく、一足早く門を潜っている――はずなのだが、声をかけられるまで犬飼さんに気付かなかった。

 月のシルエットが消えていたから――だけじゃない。長い前髪はワックスで上手く固められ、着こなされたスーツは細身を輝かせている。
 だから、ヘルプで入った有馬です、と言われるまで気付かなかったのだ。

 本気の変装ぶりを見せられ、純粋に身が締まった。まぁ、表情のなさは変わっていなかったけど。

 はじめて見る、彼の仕事ぶりは“異常”だった。
 まず、記憶に注ぐエネルギーが尋常じゃない。同じ職種でも、仕事の仕方が違うことはよくある。前職で似た仕事をしていた僕でさえ、中々吸収できなかった。
 なのに犬飼さんは、僕の入社日には完璧にこなしていた。因みに、一日入っただけでも、かなり空気の悪い会社だと分かった。

 報連相の細かさにも肝を抜かれてしまう。
 僕が報告書の作成に手を付ける前に、犬飼さんから確認の連絡が来る。しかも、社長への報告も迅速だった。
 かと思えば、早朝に有末を訪ねた際、明らかに違う件の仕事をしていた日もある。

 とにかく全てが完璧で、スピーディーで、隙間を見つけられないほどだった。仕事量を測量すると、やはり追い込まれていた自分を思い出してしまう。
 仕事人間だと言われれば、その通りだ。しかし、噂がスルーを推奨しなかった。

 睡眠時間を探りたくなる仕事量は、やはりどう考えても異常だ。それこそ、社長に裏で脅されて、仕事をさせられているとしか思えない。嘗て、忙殺された僕のように。

 人間が、全ての他者に同じ顔をする訳じゃない。だから、社長に裏があっても可笑しくないし、なんなら犬飼くんの方に二つ目があっても変ではない。いや、既に彼は仮面を駆使しているけど。

 例えば、何かをして社長を怒らせたとか。それで奴隷的な立ち位置になったとか。莫大な借金があるとか?

 内部事情は見えないが、やはり助けたくなる。僕が助けてもらったように――いや、この場合、社長には仇で返すことになるけども。
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