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愛の言葉(2)

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 応答さえ面倒になり、放棄を考えてしまう。居留守を使おうと決めた瞬間、恐怖心へ突き刺さる声が聞こえた。

「僕だよ成海、願いを叶えに来たよ」

 思わず、スピーカーへ視線を向けてしまう。

「扉を開けて。僕と幸せになろう……。ねぇ成海、僕だよ、ナオキだよ」

 どうしてこの声が、スピーカーじゃなく扉の外から聞こえてくるの。
 緊張が一気に上昇し、室内に逃げ場を探してしまう。しかし、見つからない。

 ここが魔法のある世界なら、喜べたのかもしれない。だが、どう足掻いてもここは現実世界でしかないのだ。

 恐怖を煽る音が響きだす。カチャリと一度、鍵の音がし、扉に隙間ができた。
 段々と開かれていった先、見知らぬ男が立っていた。黒いマスクに黒いパーカー姿は、蒼真との初デートを思い出させた。

 ナオキと名乗った男は、丁寧に靴を脱ぎ入室してくる。動けない私の前に屈むと、静かに体を抱き締めてきた。

「ずっとこうしたかった。大好きだよ成海。君の全てを愛してる。僕なら君を一生愛せる。だから結婚しよう」

 状況は分からないのに、恐怖と拒絶に満たされる。けれど押し返すことも、否定することも出来なかった。
 凍りついた神経は溶けないまま、軽い力で押し倒される。マスクの剥がされた皮膚には、どこかで見た顔があった。

 ――この印象的な笑みは、あのセールスマンだ。
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