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語るは嘘の声②
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よっぽど楽しかったのか、あれからテレは何度も現れた。
リビングでしか読書しないメーアは、僕の行き先など気にもしていない様子だ。信頼の証、なのかもしれないが。
孤児であるテレは、国中を転々としながら生きているのだと嘯いた。
「十二の子どもが国王やってたとこもあったよ」
「さすがにないだろ」
「こんな近くにあるはずないって思うよねー。で、南の方には」
何回か話を聞けば、彼が嘘吐きであると容易に理解できた。
しかし、架空だからこそ擽られるのだろう。口達者な彼の話は、退屈凌ぎには丁度良かった。楽しげに語るその姿には心惹かれるものもある。
ただ、なぜこうも空言ばかり重ねるのかは疑問だが。
「あ、そうだ。今度収穫祭あるじゃん、一緒に行かない?」
「何言ってるんだ。大人になるまで外出禁止なのに」
「えーそんな決まりないよ?」
流暢に嘘を吐かれ、疑問が弾けた。答えの向こうに見え隠れする何かに、興味が止まらない。
「なぁテレはなんで嘘ばかり言うんだ?」
真剣に問うと、テレの表情が固まった。図星なのだろう。
「……言ってないけど。どこが嘘だと思ったの?」
「え、ほとんど全部。そもそも十五まで家を出ちゃ駄目なのに、色々な所に行ける訳が」
ただ、怖じ気づく様子はなかった。寧ろ逆で、段々と怪訝を大きくしていく。何が可笑しいのか混乱しかけた瞬間、追い討ちが耳に轟いた。
「君は騙されてる!」
凪のような声から突然叫ばれ、思考が抑制される。リアルすぎる表情のせいで、完全な否定が砕かれる。
「町では子どもも普通に外に出てるよ! 駄目なんて決まりなんてないんだ!」
「でも父さんがそう」
「君のお父さんは嘘を言ってるんだよ! シエル、付いてきて。俺が本当の世界を見せてあげる!」
意見を纏められないまま、隙間から手が伸ばされた。枝のような指に手首を捕まれ、なぜか恐怖が込み上げる。
「兄さん!」
だが、腕は引かれなかった。
現れたメーアに瞳で助けを乞う。すぐさま駆けてきたメーアを見ても、テレの選択は揺らがなかったらしい。手首は捕まれたままだ。
「弟がいたんだ。君も一緒に来なよ」
「だめ! 外に出たら悪い人間になって殺されちゃうよ!」
「……何それ」
またも急変化した顔色に動揺する。彼の振るまいが作り物だとは考えられなかった。
「……もしかして孤児だから知らないのか?」
「何を?」
「悪い人間は殺されて正しい人間に直されるんだ」
この顔は、本当に何も知らない顔だ。
「……っ! シエル、ここにいちゃ駄目だ! 人間はね、死んだら一生目覚めないんだよ!」
腕を引かれ、体が連動する。声を失う僕の横、メーアがその手を叩《はた》き落とした。
「誰かいるのか」
声に、巻いていた熱が冷える。目線は自然に扉付近に集まり、現れた人物を捉えた。それからすぐ窓を再見したが、テレは消えていた。
「…………なんでもないよ、父さん」
心音が輪郭を持ち脈打つ。密会を知られたら罰を受けるかもしれない――そんな恐怖とは裏腹に、父親は笑った。
「そうか。二人とも、仕事があるから戻りなさい」
「……うん」
*
あの言葉の真偽を、確かめる術はもう戻らないだろう――そう思っていたのも束の間、数日経ってテレは現れた。ただ、窓からではない。父親に連れられてだ。
こうして訪れる人間は紛れもない極悪人である。やはり、テレは嘘吐きで、僕を騙そうとしていたのだろう。
結局、目的は分からなかった。しかし今、知る術はない。
口布が皺を寄せる。目を隠す布が濡れる。
また会えたら、その時は本当の理由を聞きたい。
リビングでしか読書しないメーアは、僕の行き先など気にもしていない様子だ。信頼の証、なのかもしれないが。
孤児であるテレは、国中を転々としながら生きているのだと嘯いた。
「十二の子どもが国王やってたとこもあったよ」
「さすがにないだろ」
「こんな近くにあるはずないって思うよねー。で、南の方には」
何回か話を聞けば、彼が嘘吐きであると容易に理解できた。
しかし、架空だからこそ擽られるのだろう。口達者な彼の話は、退屈凌ぎには丁度良かった。楽しげに語るその姿には心惹かれるものもある。
ただ、なぜこうも空言ばかり重ねるのかは疑問だが。
「あ、そうだ。今度収穫祭あるじゃん、一緒に行かない?」
「何言ってるんだ。大人になるまで外出禁止なのに」
「えーそんな決まりないよ?」
流暢に嘘を吐かれ、疑問が弾けた。答えの向こうに見え隠れする何かに、興味が止まらない。
「なぁテレはなんで嘘ばかり言うんだ?」
真剣に問うと、テレの表情が固まった。図星なのだろう。
「……言ってないけど。どこが嘘だと思ったの?」
「え、ほとんど全部。そもそも十五まで家を出ちゃ駄目なのに、色々な所に行ける訳が」
ただ、怖じ気づく様子はなかった。寧ろ逆で、段々と怪訝を大きくしていく。何が可笑しいのか混乱しかけた瞬間、追い討ちが耳に轟いた。
「君は騙されてる!」
凪のような声から突然叫ばれ、思考が抑制される。リアルすぎる表情のせいで、完全な否定が砕かれる。
「町では子どもも普通に外に出てるよ! 駄目なんて決まりなんてないんだ!」
「でも父さんがそう」
「君のお父さんは嘘を言ってるんだよ! シエル、付いてきて。俺が本当の世界を見せてあげる!」
意見を纏められないまま、隙間から手が伸ばされた。枝のような指に手首を捕まれ、なぜか恐怖が込み上げる。
「兄さん!」
だが、腕は引かれなかった。
現れたメーアに瞳で助けを乞う。すぐさま駆けてきたメーアを見ても、テレの選択は揺らがなかったらしい。手首は捕まれたままだ。
「弟がいたんだ。君も一緒に来なよ」
「だめ! 外に出たら悪い人間になって殺されちゃうよ!」
「……何それ」
またも急変化した顔色に動揺する。彼の振るまいが作り物だとは考えられなかった。
「……もしかして孤児だから知らないのか?」
「何を?」
「悪い人間は殺されて正しい人間に直されるんだ」
この顔は、本当に何も知らない顔だ。
「……っ! シエル、ここにいちゃ駄目だ! 人間はね、死んだら一生目覚めないんだよ!」
腕を引かれ、体が連動する。声を失う僕の横、メーアがその手を叩《はた》き落とした。
「誰かいるのか」
声に、巻いていた熱が冷える。目線は自然に扉付近に集まり、現れた人物を捉えた。それからすぐ窓を再見したが、テレは消えていた。
「…………なんでもないよ、父さん」
心音が輪郭を持ち脈打つ。密会を知られたら罰を受けるかもしれない――そんな恐怖とは裏腹に、父親は笑った。
「そうか。二人とも、仕事があるから戻りなさい」
「……うん」
*
あの言葉の真偽を、確かめる術はもう戻らないだろう――そう思っていたのも束の間、数日経ってテレは現れた。ただ、窓からではない。父親に連れられてだ。
こうして訪れる人間は紛れもない極悪人である。やはり、テレは嘘吐きで、僕を騙そうとしていたのだろう。
結局、目的は分からなかった。しかし今、知る術はない。
口布が皺を寄せる。目を隠す布が濡れる。
また会えたら、その時は本当の理由を聞きたい。
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