上 下
3 / 4

しおりを挟む
 彼女――夏夜は目が見えない。五年前の自動車事故で失明した。
 直接原因は事故そのものではなく、自分の運転で愛し子を死なせてしまった衝撃が大きい――らしい。医師はそう言っていた。回避不可能な、過失のない事故だった。けれど、彼女の心は光を拒んだ。

 事実、事故直後はよく、心を外へ漂わせる姿を目にした。今でこそ明るさを持ち直したが、戻らない視力が秘めた痣を見せつけている。

「夏夜、足元どんな感じ?」

 質問返しにより、夏夜の視線が急降下する。その場で、効果音を持ちそうなほど大胆な足踏みを始めた。

「んーっとねー。軽いクッキーたくさん踏んでるみたいな」

 ――と思いきや、絶妙に例えられ思わず笑みを吹いた。震えながら「楽しそう」だと返事し、実際に空想の中で共に楽しむ。じんわりと、もう一段階濃い笑みが浮かんできた。

 僕には足の感覚がない。同じ事故で負傷し麻痺した。最初はベッドから抜けることすらできず、絶望と添い寝していた。
 夏夜はきっと、僕より重い荷を背負っていただろう。しかし、そんな彼女を励ます演技すら忘れ、塞ぎこんでしまっていた。

 閉じた世界から僕を連れ出したのは、やっぱり夏夜だった。日課になるまで、ほぼ毎日僕を外へと連れ出してくれた。
 風を浴びたいから一緒に行って――考え抜かれた誘い文句だったが、今思えば相当な覚悟だったと思う。

「よーし、じゃあ本日の共有も終わったし歩きますか~!」

 返事を待てず踏み出した足を、一歩遅れで真似る。サクリと軽い、クッキー似の音が心地よかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕をお金にして下さい!

有箱
現代文学
十歳の少年ヘンリーは、家族が大好きだ。 けれど家が貧しい所為で、お父さんは一日中働きに出て一緒に居られない。 居たいと伝えても、お金の為に働かなくてはとお父さんは言う。 ならば、お金があればとヘンリーは考えた。 家族との時間を作る為に、ヘンリーは必死になってお金を稼ごうとするが……。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

詣でる女

紫 李鳥
ミステリー
早朝に神社の石段を上る女がいた。よほど深刻な願い事が あるのだろうと思った。

リスの森

犬束
現代文学
 憶えていられないくらい永い間、ぼくは旅をつづけていて、空がブルーのインクに染まる夕暮れ時、森の奥で古いドレスを身にまとった、あのひとに出逢った。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

想い出写真館

結 励琉
現代文学
<第32回岐阜県文芸祭佳作受賞作品>  そのさほど大きくない私鉄の駅を降りて駅前の商店街を歩くこと数分、そろそろ商店街も尽きようかという少し寂しい場所に、その写真館は建っている。正面入口の上には福野写真館という看板がかかり、看板の下には昔は誰でもお世話になったカラーフィルムのロゴが今も残っている。  入口の左右のウインドウに所狭しと飾られているのは、七五三や入学記念、成人式といった家族の記念写真。もう使われなくなったのか、二眼レフのカメラも置かれている。   どこにでもある写真館、いや、どこにでもあった写真館と言った方が正しいか。  デジタルカメラ、そしてスマートフォンの普及により、写真は誰でも、いつでも、いくらでも撮れる、誰にとってもごくごく身近なものとなった。一方、フィルムで写真を撮り、写真館に現像や引き延ばしを頼むことは、趣味的なものとしては残ってはいるが、当たり前のものではなくなっている。  人生の節目節目に写真館で記念写真を撮って、引き延ばした写真を自宅に飾るということは根強く残っているものの、写真館として厳しい時代となったことは否めない。  それでも、この福野写真館はひっそりではあるが、三十年以上変わらず営業を続けている。店主は白髪交じりの小柄な男性。常に穏やかな笑顔を浮かべており、その確かな撮影技術とともに、客の評判はよい。ただ、この写真館に客が来るのはそれだけ故ではない。  この写真館は客の間で密かにこう呼ばれている。「想い出写真館」と。

ありふれた生態系が宝物

月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
この連載は「身近な野生のいきもの探し」の続きのようなものです。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/206695515/767761398 本当に、この世に善も悪もなく、ただベストを尽くした日々が尊いのかもしれない。 ただ、コンクリートで固められた川からはホタルがいなくなり、イタチが駆け回った空き地は公園になった。 潰されて駐車場になった空き家を見て思う。些細なこと、小さな工事であっても、そこにあった小さな国が滅んだのかもしれないと。そして今、目にすることができる小さなたくさんの国も、いつ滅ぶか分からない、儚い夢かもしれない。

瞼の裏で雪が降る

有箱
現代文学
雪の舞うあの日、最愛の人シオンは死んだ。 あの日から僕は、彼女との日々をただ繰り返し見ている。

処理中です...