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いつか、たくさんの花を抱えて
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あれから、僕らは逃げ続けた。
当然、戦いに巻き込まれ、怪我もした。だが、命からがら切り抜けた。
空腹などの問題もあったが、それでも諦めなかった。
一つ幸福だったのは、襲撃日を逃げ初めに充てられたことだ。あのタイミングで決めたのは正解だったらしい。
本拠地襲撃により、大体の敵兵は敷地内に目を光らせたのだろう。そのお陰で、少人数との戦闘のみで済んだのだから。
花は、もうすっかり枯れた。
だが、心に灯った残像だけで、僕らには充分だった。
「どのくらい歩いたかしら……」
か細い声でアルルテが呟く。繋いだ手は温かく、少し乾燥としていた。
「随分遠くまで来たよ。この景色が証拠さ」
朝夕を何度繰り返しただろう。満足に食料も得られない中、精神力だけで突き進んできた。
その結果が、今目の前にある。
「植物って、葉だけでも綺麗なのね」
「そうだね、こんなに綺麗な景色は初めて見たよ」
枯木だらけの地から一変、辺り一面に鮮やかな緑が広がっている。大木や草木が入り乱れた、ジャングルのような土地だ。
最初に草を見つけた時は、大いに感動した。それが進むに連れて徐々に増え、ここまで来た。
景色を目に映し、空気を吸い込む。爽やかさが、逃亡の成功を感じさせた。
アルルテは腹を擦り、採った木の実を見つめている。数秒吟味し口に放り込んだが、苦かったのか顔を顰めた。小さく笑ってしまった。
「アルルテ、僕少し先へ行ってみるね」
「分かったわ」
僕は僕で探そうと、少しだけ前進する。高い草を掻き分けて、未知の場所へと進んだ。
ふと、視界の端に色が過ぎった。吸われるように目を向けると、驚くべき光景が広がっていた。
「アルルテ! アルルテ来て!」
景色から目が離せないまま、声だけを張り上げた。心が震える。表現し得ない感動が、形となり瞳から零れた。
「どうしたの? 何か……」
何も知らないアルルテがやって来る。だが、同じ場所を見たのだろう。声が消えた。
左目に姿が映る。やや視線を動かすと、アルルテも泣いていると分かった。瞳から、目に見えるほどの涙が溢れている。
見つけたのは、一面黄色の花畑だった。
「綺麗……」
「うん、こんなに綺麗な景色は初めて見たよ……」
「それ、さっきも言ってたわ」
「言ってたね」
向き合うと、勝手に笑顔が零れてきた。これまで感じたことのない幸福感に、全身が包まれている。
「でも、本当にそうね」
アルルテが、ゆっくりと歩き出した。僕も真似して踏み出す。
二人して、花に触れられる距離まで近付いた。
「夢、叶ったわ。ありがとうニイチ」
アルルテが屈み、優しく花びらを撫でだした。揺れる花も、何だか嬉しそうに見える。
「ううん、僕こそありがとう。君がいてくれなきゃ、ここまで来られなかったよ」
眺め始めて数秒、アルルテが茎に手を添えた。優しく手折り、一輪だけ摘む。
そうして立ち上がり、僕へと差し出した。
「あげる」
「ありがとう」
受け取り、目の前に寄せる。仄かな香りが鼻先を掠めた。
「実はこの花、ニイチにあげたかった花なの。って言っても、これも名前が難しくて忘れちゃったんだけど」
「いつかに言ってた花?」
確か、逃亡を決めた日、そのようなことを話していた。現実になるなんて、あの時は考えすらしなかったけど。
「そうよ、覚えてくれてたのね。この花、どんな名前だったかしら……」
「いつか、知った時に教えてくれればいいよ。それよりも聞いていい?」
「うん」
君の夢が、一輪の花が、僕らを未来へと繋いだ。
もしかするとあの時、光の下で花が何かを伝えてくれたのかもしれない。
少し温かな風が吹いて、アルルテの髪を揺らした。花々も、僕らを祝うように揺れだす。
「この花の心は?」
いつか僕も、花に乗せて君に返そう。
当然、戦いに巻き込まれ、怪我もした。だが、命からがら切り抜けた。
空腹などの問題もあったが、それでも諦めなかった。
一つ幸福だったのは、襲撃日を逃げ初めに充てられたことだ。あのタイミングで決めたのは正解だったらしい。
本拠地襲撃により、大体の敵兵は敷地内に目を光らせたのだろう。そのお陰で、少人数との戦闘のみで済んだのだから。
花は、もうすっかり枯れた。
だが、心に灯った残像だけで、僕らには充分だった。
「どのくらい歩いたかしら……」
か細い声でアルルテが呟く。繋いだ手は温かく、少し乾燥としていた。
「随分遠くまで来たよ。この景色が証拠さ」
朝夕を何度繰り返しただろう。満足に食料も得られない中、精神力だけで突き進んできた。
その結果が、今目の前にある。
「植物って、葉だけでも綺麗なのね」
「そうだね、こんなに綺麗な景色は初めて見たよ」
枯木だらけの地から一変、辺り一面に鮮やかな緑が広がっている。大木や草木が入り乱れた、ジャングルのような土地だ。
最初に草を見つけた時は、大いに感動した。それが進むに連れて徐々に増え、ここまで来た。
景色を目に映し、空気を吸い込む。爽やかさが、逃亡の成功を感じさせた。
アルルテは腹を擦り、採った木の実を見つめている。数秒吟味し口に放り込んだが、苦かったのか顔を顰めた。小さく笑ってしまった。
「アルルテ、僕少し先へ行ってみるね」
「分かったわ」
僕は僕で探そうと、少しだけ前進する。高い草を掻き分けて、未知の場所へと進んだ。
ふと、視界の端に色が過ぎった。吸われるように目を向けると、驚くべき光景が広がっていた。
「アルルテ! アルルテ来て!」
景色から目が離せないまま、声だけを張り上げた。心が震える。表現し得ない感動が、形となり瞳から零れた。
「どうしたの? 何か……」
何も知らないアルルテがやって来る。だが、同じ場所を見たのだろう。声が消えた。
左目に姿が映る。やや視線を動かすと、アルルテも泣いていると分かった。瞳から、目に見えるほどの涙が溢れている。
見つけたのは、一面黄色の花畑だった。
「綺麗……」
「うん、こんなに綺麗な景色は初めて見たよ……」
「それ、さっきも言ってたわ」
「言ってたね」
向き合うと、勝手に笑顔が零れてきた。これまで感じたことのない幸福感に、全身が包まれている。
「でも、本当にそうね」
アルルテが、ゆっくりと歩き出した。僕も真似して踏み出す。
二人して、花に触れられる距離まで近付いた。
「夢、叶ったわ。ありがとうニイチ」
アルルテが屈み、優しく花びらを撫でだした。揺れる花も、何だか嬉しそうに見える。
「ううん、僕こそありがとう。君がいてくれなきゃ、ここまで来られなかったよ」
眺め始めて数秒、アルルテが茎に手を添えた。優しく手折り、一輪だけ摘む。
そうして立ち上がり、僕へと差し出した。
「あげる」
「ありがとう」
受け取り、目の前に寄せる。仄かな香りが鼻先を掠めた。
「実はこの花、ニイチにあげたかった花なの。って言っても、これも名前が難しくて忘れちゃったんだけど」
「いつかに言ってた花?」
確か、逃亡を決めた日、そのようなことを話していた。現実になるなんて、あの時は考えすらしなかったけど。
「そうよ、覚えてくれてたのね。この花、どんな名前だったかしら……」
「いつか、知った時に教えてくれればいいよ。それよりも聞いていい?」
「うん」
君の夢が、一輪の花が、僕らを未来へと繋いだ。
もしかするとあの時、光の下で花が何かを伝えてくれたのかもしれない。
少し温かな風が吹いて、アルルテの髪を揺らした。花々も、僕らを祝うように揺れだす。
「この花の心は?」
いつか僕も、花に乗せて君に返そう。
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