ママだいすきだよ

有箱

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頑張るほどに

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 それからと言うもの、私は懸命に頑張った。
 睡眠時間を削ってお弁当を用意し、行事にも精力的に参加した。その分、職場で肩身の狭い思いをしたが、マコの為だと思って耐えた。

「ねぇママ、金色のクレヨン買って来てくれた?」
「……ごめん、買い忘れちゃったことに帰りの電車で気付いたの」

 実は、出費を減らす為、買い物に一人で行くようになった。もちろん一緒に出掛けなくなった分、近場で遊ぶようにはしている。

「えっ、前も言ったのに!」

 実は今日、うっかり買い物メモを忘れた上、頼まれごとまで忘れてしまっていた。
 抜けているにも程がある――己の不甲斐なさに、深い溜息が零れた。

「金色のクレヨン、塗れると思ったのに……」

 マコは相当欲しかったのだろう。泣きそうな顔で私を見た。その表情に、なぜだか苛立つ。

「ごめんって。今度はちゃんと買ってくるから」

 だが、悪いのは自分だ。笑顔を崩さないよう言い聞かせ、逃げるように背を向ける。
 そこまでは良かったのに。

「ずっと欲しいと思ってたのにー!」

 背中に叩きつけられた感情が、心に食い込む。それは一気に心を包み、自分でも理解出来ない速度で怒りになった。

「うるさいな! ママも頑張って色々我慢してるんだからマコももう少し我慢してよ!」

 声が消えた。背中越しでも、唖然としているのが分かる。
 駄目だ、これ以上は言っちゃ駄目だ。
 頭では思っているのに、心にまで届かない。

「何で私ばっかり頑張らなきゃいけないの……どこまで頑張れば良いの……こうやって無理するのが親の務めなの? それが普通なの? もう分かんない……!」

 近隣への配慮など忘れ、大声で叫んだ。涙が溢れ出し、嗚咽まで鳴らしてしまう。

 限界だった。頑張ることに疲れてしまった。
 誰も褒めてくれない。それなのに、際限なく求められる。
 もう、何もかも嫌だ。



 翌日、何とか会社に連絡を入れ欠勤した。マコの行事があると嘘を吐いて。駄目な人間だと思われそうで、本当のことは言えなかった。

 マコは今日、一人でおにぎりを作り一人で出て行った。一応朝の挨拶はしたが、ぎこちなくなってしまった。マコは悲しい顔のままだった。

 ただただ憂鬱だ。押し潰されそうな罪悪感と、得体の知れない何かとが入り混じっている。その言い表せない感情が、悲しい涙を誘発する。

 マコも、クレヨン一つ与えられない親なんか嫌いだろう。いない方が幸せかもしれない。
 私は、どうすれば良いんだろう。

 不図、置き去りにされた本が目に留まった。マコが大好きな天使の本だ。
 ああ、そうだ。もう一緒に逃げちゃおうか。



 本日に限り、幼稚園バスで送り届けてもらった。時刻はまだ四時前だが、外は随分暗い。電気も点けずに本を読んでいたからか、帰宅したマコは驚いていた。

「ママ、どうしたの……?」

 マコは背伸びし、スイッチに手をかける。そして、恐る恐る横に近づいてきた。覗き込むように同じ場面を見る。最終ページ、二人が笑っているシーンだ。

「天使さんの本読んでたの?」
「そうだよ。マコちゃん、天使さんになりたい?」

 目も見ずに問う。違和感を察せないのか、素直な声で答えた。

「うん。可愛いから良いなーって思う。ママあのね」

 マコは何かを言いかけると、柔和な笑みのまま幼稚園鞄のジッパーを引く。今日の出来事でも話そうとしているのかもしれない。

「じゃあ、ママと一緒になろう」

 もう、そんなの意味無いけど。

 ごめんね、マコちゃん。こんなお母さんで。許されないだろうけど、許してね。

 私はマコを押し倒し、震える手を細い首にかけた。
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