悪戯っ子リリの復活

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悪戯っ子リリの復活

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 どこからか、何かが聞こえる。把握できるのはそれくらいで、どのような形をしているかまでは分からなかった。音なのか声なのかすら。ただ、目覚めはじめているとだけは認識できた。

 怖い。恐ろしい。どんな悲劇が待ち受けているのか、恐ろしくて仕方がない。閻魔さまとの約束が、頭の中をびっしり埋めている。
 一度だけ悪戯をしなさいーーそんな約束が。

 前は平気でしていたのに、今となっては悪戯するのが怖かった。悪い子からスタートする人生は、きっととても悲惨なものだ。
 けれど、時は来てしまった。
 
「わぁっ!!」
 
 リリは叫んだ。渾身の力を込めて。同時に勢いよく起き上がり、静寂をかっ浚う。
 当然幾つもの悲鳴が聞こえ、場は再び静けさに包まれた。怖々見回した世界ーー恐らくどこかの部屋には人が三人だけいた。想像よりも少人数で、逆に驚いてしまう。なぜか、三人とも目を腫らしていた。

 唖然とする三人の反応を、凍ったまま見つめる。だが突然、一人の女性が椅子から身を乗り出した。

「……奇跡だわ!」

 それからリリの体を思いっきり抱き締めた。
 候補にすらない反応に混乱が起こる。だが、悪くはなかった。むしろ心地良い。僅かな差で、男性と少女も近付いてきた。そうして女性を挟んでリリの背に触れた。

「ニール、私のこと分かる? 体は何ともないの……?」

 柔和な声で囁きながら、女性は涙を流し始める。脳内真っ白なリリから、言葉だけが勝手に溢れおちた。まるで、台本でもなぞるように。

「分かるよ、お母さんでしょ? あと、お父さんとお姉ちゃん……」

 だが、言い終えた直後、全ての記憶がリリの中に滑り込んできた。この体の持ち主、ニールの記憶が。

 ニールはどこにでもいる平凡な子どもだった。家族は皆ニールのことが大好きで、ニールは愛されて伸び伸びと育った。それでも思春期には反抗もして、酷い言葉もたくさん言った。喧嘩もしたし、よく泣かせた。

 普通の日常を送っていたある日、学校の帰りに事故に遭った。薄れ行く意識の中で、家族の泣き声が聞こえた。叫びに近い声に、ただ死にたくないと思った。まだ生きて、皆と一緒に生きたいと思った。

「あれ、僕……僕は……」
「びっくりしたけど、元気そうで何よりね」

 泣き笑いをしながら姉が言う。父親も母親も、何度も頷いていた。理由の分からない涙が頬を伝う。
 怖い夢を見ていた気がしたが、もうほとんど消えかかっていた。確か閻魔さまがいて、良い子で生きると約束をしたーーそれだけが淡く胸に残っている。

「きっと、神さまが助けてくれたのね……」

 母親の言葉で、何かがストンと心に嵌まった。だが、それが何かは分からなかった。
 ただただ、愛してくれるこの人たちを大切にして生きようと思った。

 それからリリーーニールは一生懸命良い子で過ごした。
 誰と交わしたすら分からない約束を守りながら。
 
 あの時おこなった、最初で最後の悪戯は家族を喜ばせた。後々になって、ニールはふと考える。

 ーーはて、なぜ僕はあの時悪戯しようと思ったのだっけ? なんだかそうしなきゃいけないような気がして。誰かに言われたような気がして。
 いや、そもそも僕は、なぜあれを悪戯だと認識しているんだろう?

 ニールにはもう分からなかったが、それで良いのだと思えた。
 なぜなら、今とても幸せだからだ。悪戯なんてなくても、幸せだから。
 
 ーーーーん? 悪戯が必要だなんて、いつ思ったんだっけな? 
 
 

 
 なんて、まあいいや。   

  
                 終わり
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