存在抹消ボタン

有箱

文字の大きさ
上 下
19 / 22

第十九話

しおりを挟む
 意識が落ちるか、痛みが襲う物とばかり思っていた。しかし、気付けばそこは見慣れた場所だった。
 目の前には、自宅のリビングが広がっている。今の家に引っ越す前、住んでいた家だ。

 自分が置かれている状況を把握する為、両手を掲げてみるが違和感は無い。夢かを確認する方法として、よく漫画であるように頬を抓った瞬間、痛みが無い事に気付いた。

 もしかして、存在が抹消されても意識は残るのか? との底知れぬ恐怖に襲われたところで、先程確認を仰いできた音声と同型の声が聞こえた。

〈最期、に、抹消後の世界が、シュミレーション、されます〉

 一発で状況を掴まされる。開発者の意図が分からないまま、シュミレーションと題して作られた世界が動き出した。

 まず見えたのは母親だった。記憶にあるより随分若い。三歳くらいの子どもを、優しい瞳であやしている。呼ぶ名からも女児だと分かった。
 僕がいなければ、あの子が母親の子になっていた。そういう設定なのだろう。

 二人とも、こちらには気付かない模様だ。どうやら世界に干渉出来ないようになっているらしい。物に触ったら擦り抜けてしまったし。

 それからも、幾多の有り触れた出来事が、他人の物へとすり変えられていた。

 小学生の時、かけっこで偶然取った一番は、クラスで足の2番目に速かった人間の物になっていた。中学生の時、初めてもらった作文の賞は、見知らぬ誰かの物になり、高校生の時、受賞したコンテストも、同じように他者が受け取っていた。そしてその他者は鮮烈デビューし、名を世間に轟かせる――――。

 頭が痛かった。やはり自分の存在は何の影響も及ぼしてはいなかった。シュミレーションだと理解しつつも、居なくなった場合の世界を見るのは酷く胸が苦しくなる。

 物語は進み、舞台は本屋になった。プログラミングされた世界だと思えないほど、作りや配置が精密だ。恐らく、あの時の大量のアンケートが反映されているのだろう。

 ここはあの日、葉月と出会った場所だ。本来なら、今目の前にあるポジションに僕の本が置いてある筈だった。3冊目の本を手に取った時、後ろを振り向くと彼女が居た。あの時の事は鮮明に覚えている。

 懐かしい思い出を手繰り、振り向いてみたが葉月は居なかった。人気の本を求める人間だけが群がっている。
 葉月の絶えない笑顔と幾多の褒め言葉が、突如走馬灯のように駆け巡った。

「………葉月はどうしてるんだろう……」

 僕は自然と走っていた。孤児院に居たとの情報だけを頼りに、唯一記憶にある孤児院へと急ぐ。
 記憶が正確だったのかシュミレーションシステムが辿り着かせたのか、目的として定めた場所には小さめの施設が佇んでいた。存在消去できる技術があるのだ、もしかすると記憶が具現化されているのかもしれない。そのくらい精密だった。

 玄関を潜り、楽しげな声々がリビングから聞こえてくるのを無視し、本能のまま二階に上がる。すると、とある一室に〈はづき〉と書いた可愛らしい札が掛けてあった。
 学習を生かし扉を潜ると、衝撃的な光景がそこにはあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在抹消ボタン《episode0》

有箱
ファンタジー
存在抹消ボタン、それは人の存在ごと抹消出来る機械。 それを生み出した博士の物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
恋愛
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...