白い死神と300秒の人生

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epsode4:姿なき子を愛した妊婦

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「残念ですが、貴方は死んでいます」

 少女が私に告げた。制止する時間の前では、数分前の願いなど塵に等しい。
 あと少し生きられるなら、全てを手放しても良い。そう思うほどに、私は"生"を渇望していた。だが、願いはあっさり打ち砕かれ、その場で崩れ落ちるしかなかった。
 
「……この子はどうなったの?」
 
 大きく膨れた腹部を擦る。だが、命の足掻きは完全に途絶えていた。
 私は、さっきまで出産をしていた。待ち侘びる我が子に会うべく、必死に激痛と戦っていた。なのに。
 
「分かりかねます」
「私は地獄に落ちても良い! だからお願い、この子は連れていかないで!」
 
 母体が死んでも子だけ残る話はよく耳にする。その奇跡を、自分が願うとは思わなかった。幸せな未来が、当たり前に来るものだと疑いもしなかった。
 
「聞き入れたいのは山々ですが、私たちの管轄ではないので」
 
 だが、神ともあろう存在でも、複雑な何かがあるらしい。成す術がないことを知り、心から落胆した。
 
「こんなに嘆くなら、何も分からず死にたかった……」
「それほどに愛していらしたのですね。宜しければ、最後の時間を私にくれませんか? 貴方の話が聞きたいのです」
 
 求められ、第一に浮かんだのは腹の子の話だった。大事な人に、そして子ども本人に聞かせたかった話がある。いや、聞かせる気満々でいた話が。
 
「……この子の話でもいい?」
「はい」 
「この子はやっと出来た子どもだったの。私、妊娠しにくい体でね。だから、この子が生まれてきたらいっぱい愛して、いっぱい抱き締めてあげるんだって思ってた」
 
 腹部を優しく撫でる。今は、ここに我が子がいないことを願いながら。

 妊娠中、生活が不便になっていこうとも、お腹が大きくなって行くのは本当に嬉しかった。毎日話しかけ、反応があれば喜び、無くとも共に未来を分かち合った。
 そんな幸せな数ヵ月が鮮明に蘇る。

 どんな風に育てようとか、何をしてあげようとか、頭の中がまだ居ない子どもで満ちていた。
 
「なのに抱き締めてあげられなかった……」
 
 その小さな手に、触れることさえ。
 死神は終始無言で聞いていた。仮面に遮られて表情は見えない。
 
「気持ちは届いていますよ。生まれようと生まれずとも」
 
 だが、そんな言葉が聞こえ、真面目に耳を傾けていたのだと知った。
 
「貴方、死神だけど優しいのね」
「ただ確証があるだけです」
 
 否定の表現に、微少が零れる。死神特有の何かがあるのか、それとも慰めようとしているのか。不明だが報われた気持ちになった。

 擦っていた腹部が半透明に変わっている。既に足下は透明だ。

「もう時間かしら」
「はい、お時間です」
「話を聞いて貰えて、何だか少し楽になったわ」
 
 形を失って行く膨らみを、まだ残る手の平で抱いた。愛し子の未来を描くのもこれで最後だ。
 
「……もし生まれてくれていたら、この子には幸せな人生を歩んでほしいな」
「再び生まれ変わった時、会えると良いですね。それが、どんな形でも」
 
 ――どんな形でも。例え親子関係でなくとも、私は絶対に子どもを見つけるだろう。小さな確信が胸に宿った。

 生まれ変わった先の、未来が楽しみだ。
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