白い死神と300秒の人生

有箱

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epsode1:ある普通の会社員

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 人生を文字にしろと言われたら、ルーズリーフ一枚だって埋まらない。そんな在り来たりな生き方を僕はしてきた。良いことも嫌なことも、家族も仕事もある、恐らく多くの人が想像するような奴だ。

 そんな人生の最中、僕は初めて非日常と遭遇した。
 
 普段通り車で通勤していたところ、激しい眠気に襲われた。そうして気付いたら時が止まっていた。
 目の前には凄惨な現場がある。立ち尽くす僕の前、潰れた体とひしゃげた車があったのだ。つい唖然としてしまう。

 視線の上側、突如として白色が入ってきた。反射的に焦点を合わせると、そこには人らしき何かがいた。
 
「私は死神。これから私は貴方の魂を預かり死後の世界へ導きます」
 
 瞬間、全てを悟る。僕は事故死し、死の現場を見ていたようだ。あっさりしすぎて実感がない上、夢のような空間が現実味を感じさせないが。
 
「これは現実なのか?」
「はい、貴方は死にました」
 
 死神は淡々と言い放つ。どうやら夢ではないらしい。
 死に対しての恐怖がなかった訳ではない。しかし、思いの外すんなりと受け入れてしまえるもののようだ。
 これが充実した人生の末なら、違っていたかもしれないが。
 
「導くって言うと天国か? 地獄か?」
「その辺りは管轄外なもので。ご自身での見当は?」
「……さぁ。有りがちな人生だったからな」 
「そうですか。差し支えなければ、五分だけお話を聞かせてくれませんか?」
 
 意外な所望をされ、少し驚いた。だが、最後の最後、人生を語るのも悪くない。
 例え相手が死神でも。どれだけちっぽけでも。いや、初対面だからこそ出来る話もあるというものだ。

 記憶を深くまで掘り下げてみる。そうして、また遡る。悲しいことに、数秒で回想しきってしまった。

「言ってしまえば、とても普通の人生だったよ。普通に育って、普通に進学して就職して、嫁も子どももいて。家庭の為に身を粉にして働いて。そうしてこれだ。笑ってしまうだろう」
 
 万人が経験するようなエピソードは幾つもあった。しかし、話題にするほどのものは何一つなかった。
 ここ最近は酷くて、毎日がコピーペーストしたような日々だったし。
 
「いいえ。それで、貴方は今幸福ですか?」
 
 核心を突く問いに、反射的な答えが過る。一瞬否定が浮かんだが、それさえ直ぐに掻き消えた。
 
「疲れて帰っては眠り、翌朝になれば仕事をする。そんな毎日を普通だと思っていた。それが家族の為だとも。でも、それが幸せかと問われれば違うな」
 
 長い時間を労働に捧げ、余裕さえない毎日。家族に空返事や八つ当たりは当たり前。
 こんなに早く人生が終わるなら、もっと有意義に過ごせば良かった。今になって、思いが溢れだす。
 
「家庭のことは結局嫁に任せきりになってしまったし、子どもの相手もしてやった記憶がない。思い返せば駄目な父親でしかなかった。その上、趣味もなかったし、誇れるものもなかった。こんなことなら、もっと時間を大切にしていれば良かった。自分のことも、家族のことも、もっと大事にしていれば良かった……」
 
 今さら後悔を垂れ流しても惨めなだけだ。だが、終わりを前にしては止められなかった。

 足先が透け始めている。どうやら時間が来たらしい。怠けていた頭を久々に使ったからか、体感時間が長く感じた。
 
「お話ありがとうございます。そろそろ失礼します」
「そうか、終わりなのか……」
 
 五分で出てしまう答えに、なぜ今まで気付かなかったのだろう。いや、向き合わなかったのだろう。
 何十年と言う、今の何倍もの時間があったのに。

 死神は、大きく鎌を振り被る。そうして、僕の方へと勢いよく下ろす。
 
「もし生まれ変わったら、その時はもっと日々を大切に生きて下さい」
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