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ーートイが遠くへ消えていく。どれだけ走っても追い付けず、小さくなっていく。それでも追い続けていると、どこからか二つの声が聞こえた。
一つは安堵をもたらす声で、一つは不安になる声だ。
「――しろ。苦――ない方法――ある。――邪気のない――」
はっと目を覚ますと、トイと女性がいた。トイが、汗で濡れた髪を拭いてくれている。表情が安堵と悲しさを纏うのが分かった。
腕を掴み、額を擦り寄せる。
「父さん、どこかに行っちゃったかと思った……」
あの後、トイは医者の親切により家に留まっていた。人目について、見世物にでもなったらアメが悲しむ、と医者が女性を呼んでくれていたのだ。
そして、今の今まで色々な話をしていた。
二人を目に、女性は一言『じゃあ明日』と残して出ていく。アメの中、疑問の残る台詞だったが、追求を置いてでも体温にしがみついていたかった。いや、単純に目を背けたかったのかもしれない。
だが、トイがそれを許さなかった。
「アメ、聞いてくれ」
トイの手の平を借り、顔を覆う。だが、無言の拒絶は意味をなさなかった。
「俺はアメの父親じゃなかった。俺は妖で、父親の形を真似したにすぎなかった」
「……だから信じないって」
「本当のことなんだ。俺が眠らないのも、アメが悪夢ばかり見るのも全部俺が妖だからなんだ。現に俺が離れている時だけは眠れていただろう?」
鋭い所を突かれ、ハッとなる。確かに、深い眠りから覚めた時、トイはいつも近くにいなかった。だが、偶然と言ってしまえば納得できないこともない。
「それが本当なら本物の父さんはどこに言ったって言うの」
「俺が殺した」
「え」
トイは、女性に聞いた話や見解をそのまま唇の上に乗せていた。
自分でも受け入れがたい話を、アメの為に事実として語らなければならない。そんな苦痛を悟らせないよう、全て思い出した体を装った。
「俺はな、二人に感情移入しすぎて姿を変えてしまったんだ。そうして成り代わった時、同じ姿の相手を妖だと勘違いして殺した。自分が妖のくせに、な。俺は二人の幸せを奪ったんだ。こんな奴、消えて当然だろ?」
話を耳に、アメの中で仮説が立つ。もし本当なら、変わったのは眠らなくなってからだろう、と。
ただ、その変化に気付かない訳がない、と否定ばかりが生まれては募った。
「……嫌だ!」
「えっ」
「僕の父さんは父さんだけだ! 誰にも渡さない!」
また明日、との台詞がアメの心を抉る。回避しなくてはとの強い意思が働き、アメは部屋を飛びだしていた。トイが叫ぶ、何一つ変わらない二文字を背中に受けながら。
一つは安堵をもたらす声で、一つは不安になる声だ。
「――しろ。苦――ない方法――ある。――邪気のない――」
はっと目を覚ますと、トイと女性がいた。トイが、汗で濡れた髪を拭いてくれている。表情が安堵と悲しさを纏うのが分かった。
腕を掴み、額を擦り寄せる。
「父さん、どこかに行っちゃったかと思った……」
あの後、トイは医者の親切により家に留まっていた。人目について、見世物にでもなったらアメが悲しむ、と医者が女性を呼んでくれていたのだ。
そして、今の今まで色々な話をしていた。
二人を目に、女性は一言『じゃあ明日』と残して出ていく。アメの中、疑問の残る台詞だったが、追求を置いてでも体温にしがみついていたかった。いや、単純に目を背けたかったのかもしれない。
だが、トイがそれを許さなかった。
「アメ、聞いてくれ」
トイの手の平を借り、顔を覆う。だが、無言の拒絶は意味をなさなかった。
「俺はアメの父親じゃなかった。俺は妖で、父親の形を真似したにすぎなかった」
「……だから信じないって」
「本当のことなんだ。俺が眠らないのも、アメが悪夢ばかり見るのも全部俺が妖だからなんだ。現に俺が離れている時だけは眠れていただろう?」
鋭い所を突かれ、ハッとなる。確かに、深い眠りから覚めた時、トイはいつも近くにいなかった。だが、偶然と言ってしまえば納得できないこともない。
「それが本当なら本物の父さんはどこに言ったって言うの」
「俺が殺した」
「え」
トイは、女性に聞いた話や見解をそのまま唇の上に乗せていた。
自分でも受け入れがたい話を、アメの為に事実として語らなければならない。そんな苦痛を悟らせないよう、全て思い出した体を装った。
「俺はな、二人に感情移入しすぎて姿を変えてしまったんだ。そうして成り代わった時、同じ姿の相手を妖だと勘違いして殺した。自分が妖のくせに、な。俺は二人の幸せを奪ったんだ。こんな奴、消えて当然だろ?」
話を耳に、アメの中で仮説が立つ。もし本当なら、変わったのは眠らなくなってからだろう、と。
ただ、その変化に気付かない訳がない、と否定ばかりが生まれては募った。
「……嫌だ!」
「えっ」
「僕の父さんは父さんだけだ! 誰にも渡さない!」
また明日、との台詞がアメの心を抉る。回避しなくてはとの強い意思が働き、アメは部屋を飛びだしていた。トイが叫ぶ、何一つ変わらない二文字を背中に受けながら。
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