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それゆけ!プロポーズ大作戦!

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 あれから、奔走すること約二時間半。玄関の鍵が回る音がした。景が帰宅したのだ。
 何も知らない『ただいま』の声に、自然を装い明るく返事した。

 食卓には、何とか完成させたご馳走が。そして、私の手にはデコレーションで飾ったケーキがある。
 調理の合間を縫い、必死で飾りつけた。

 事前に練ったデザインとは、どこからどう見ても違う。しかも初心者丸出しで、お世辞にも綺麗とは言えない。そんなデコレーションではある。

 だが、気持ちだけは込めた。これでもか、と言うほど詰め込んでやった。
 ――だから、きっと大丈夫。景になら伝わる。大丈夫。

 今更、緊張してきた。好きの言葉を何度伝えていても、彼の優しさを確信していても、それでも鼓動は高鳴る。

 足音が、段々大きくなっていく。そして、ついには扉越しまで来た。ケーキを持ったまま扉の前まで移動し、予定通りサッと跪く。
 脳内で最終シュミレーションした直後、控え目に扉が開いた。

「千代、チョコ買って来……えっ?」

 両手でケーキを掲げる。目前に立った景は、瞳を丸くして私とケーキを見ていた。驚きが全身から伝わってくる。

 さぁ、言え、私。最大の勇気と愛を込めて。今こそ!


「私と結婚してください!」






 ――――数秒の間、カチカチと秒針の音のみが響いた。私にだけ、強まる心音も聞こえていたけれど。

 真ん丸だった景の瞳は、徐々に穏やかになっていった。そうして最後には。

「ふふっ」

 ――なぜか笑い始めた。口元に右手を置き、堪えきれないといった様子だ。

「……えっ? それはどういった……えっ?」

 推測していなかった反応に困惑する。微笑ならば想定内だったが、この笑い方は意味さえ悟れない。
 イエスかノーかさえ、よく分からなかった。
 こんな所で、新たな笑みに遭遇するとは。予想外すぎる。

「……千代」

 呼ばれると同時に、差し出されたのはチョコレートだった。ずっと左手にあったのに、気付かなかった。
 飾られた小箱から、高級感が溢れ出している。

「えっ、ありがとう…………今!?」

 ケーキを一先ず机に置き、受け取った。行動の意味を探し、景を見ると微笑を浮かべていた。どうやら爆笑は済んだらしい。

「うん。それが俺の答えです」
「えっ?」

 唖然とした。発言を脳が処理しきれていない。しかし、チョコレートの箱を指差され、するべき事は分かった。

 飾られたリボンを解く。箱の蓋を持ち上げると、仄かにチョコレートの香りがした。
 意味の分からないまま、保護用の薄い紙を捲る――。

 そこには、銀色に輝くリングが置かれていた。チョコレートはどこにもない。

「……これって……」

 リングを持ち上げ、掲げてみる。それは、紛れもない本物の指輪だった。

 瞬間、直ぐに理解した。先程の発言と指輪が合わされば、その意味は一つしかない。
 
「はい。千代さん、結婚しましょう」

 そう、彼も私と同じ気持ちだったのだ。
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