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第十五章リース=ロスの幣制改革

第十五章第四十節(痴話げんか)

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                四十

「なるほど、ごもっともです」
 東京での会談を踏まえて彼なりの反論を用意してきたのか、有吉の忠告にリース=ロスは極めて冷静な表情で切り返した。

「しかし、ある国の財政が破綻したからといって、その国が無くなるわけではありません。ただ、経済恐慌の結果、多くの企業や銀行が倒産し、投資家が困窮して産業や貿易が滞るだけです。民国においても、このままでは産業や貿易の不況は一層深刻化するのみです。自分は不況を克服するためにどうしたら良いかを考究するためにここへ来た次第です」
「そう。いう次第ならば、本邦も歓迎したい」
 ここへ至ってようやく二人の話が噛み合った。だがほっとしたのも束の間、胸をなでおろしたリース=ロスに釘を刺すように、有吉はさらにひと言加えた。

「ただしもう一点、ご留意いただきたいことがあります」
「今度はいったい何でしょうか?」
 温めてきた腹案に散々ケチを付けられたリース=ロスは、「もう何を言われても驚かない」といった風に聞き返した。
「それは、彼らのを良く考慮に入れておかねば、結局何をしてもうまくいかないということです」
 
「それは、つまりどういうことでしょうか?」
「つまり、彼らの国民性は利己的な考えに走り勝ちで、政府、公共機関はおろか私企業に至るまで、きちんと機能させる力を欠いているということです」
 これまでも年配の英国人から何度か同じような話を聞かされたことがある--。
 そうやっていつまでも華人を見下そうとする態度が却って彼らの反感を呼んで事態をややこしくしてきたのではないか。時代は変わっている。日本人もいい加減目を覚まさなければ、自分たちが時代に取り残されるぞ--。
「それはいけませんね」 
 喉元まで出かかっていた言葉を呑み込んで、作り笑顔で応じて見せたら、調子づいた有吉は“決め台詞”のように付け加えた。

「ええ、この国の官吏が古くから私腹を肥やし、民衆を苦しめてきた話は貴国におかれても側聞されてきたことかと存じます。民間企業の経理担当が会社の金をくすねるのは至極当たり前で、そのためにいくつもの会社が倒産してきました。驚くべきことに、そうした行為が当たり前すぎて、民衆もとくに驚かないし、非難もしないという事情です」

 東洋人どうしの“痴話ちわげんか”にウンザリしたリース=ロスは、肩をすくめてあきれた様子を示した。
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