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第十五章リース=ロスの幣制改革

第十五章第三十六節(中央銀行)

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                三十六

「満洲国の独立が民国の財政収入を激減させた事実は否定できません」
 羊の皮を被ってもオオカミはオオカミだ。廣田外相のつれない対応にリース=ロスはいよいよ牙を剥き出し、あたかも満洲事変が民国の財政難を招いたかの論をほのめかした。

「どうでしょうこの際、満洲国が民国の債務を一部肩代わりする代わりに民国に満洲国を承認させるというのは」
 そういって振り出したカードは耳を疑うほど稚拙だった。国家承認とはそんな“駆け引き”によって得るべきものではない。第一、満洲国自身がさほど国家承認を渇望もしていないのだ。

「満州国の問題は日本が決めるのではなく、満洲国が決めることです」
 満州は日本の“傀儡国”というレッテル貼りにいささか気分を害した廣田は、これを潮時と見て会談の締めくくりにかかった。
「満州国の承認は、結局、民国側の利益になるのであって、日本も満洲国もそれによって何ら得るものはありません。蒋介石以下の政府要人も最終的には承認するしかないと考えているはずですが、現在の政治状況がそれを許さないだけです。その辺の事情も現地でとくとご研究されるがよい」

 天皇への謁見を終えたリース=ロスは、クライブ駐日大使と連れ立って再び外務省に重光葵しげみつまもる次官を訪ねてきた。
 先だっての廣田外相の“ひじ鉄”をまるで意に介さないかのように、彼はあらかじめ描いてきた自説を繰り返した。
「民国に力強い中央銀行を創設し、紙幣発行権をこれに集約します。そして外国からの援助資金をロンドンに準備金として胎蔵します。同時にポンドにリンクした新紙幣を発行し、銀本位制から離脱するのです」
 なお準備金を管理するため、英国人顧問を南京政府に入れるという。

 英国側の青写真はおおよそ聞き知っていたから、重光は特に驚きの顔を見せなかった。むしろ相手を諭すようにこう言って聞かせた。
「国際聯盟が民国の排日ボイコットを是認したとき、大陸の時局は混乱の極みに達していました。しかし我が国は聯盟を脱退後、自らの責任において時局の処理にあたり、日華の関係は今日まで漸次改善の軌道を辿たどっております。
 貴職のおっしゃる満州問題についても、日華の直接交渉によりはじめて円満な解決を見るに至ったのです。これは当初から日本政府が主張していたことを歴史が裏付けるかたちとなった事案として、評価に値するものかと思います。これに対し、もし第三者が介入していたならば、民国は旧弊に復して外国の援助を期待しつつ、時局を混乱の巷に戻したことでしょう」
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