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第十五章リース=ロスの幣制改革
第十五章第三十節(新生事件)
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三十
内モンゴルで「第二次張北事件」が発生し、なおかつ天津で「梅津・何應欽協定」が結ばれてからわざか二日後、ふたたび熱河省への国境侵犯となる「第二次熱西侵犯事件」が発生した。
いずれの事件も宋哲元配下の軍勢の仕業である。彼は昭和八(三三)年一月の熱河作戦で日本軍と激戦を繰り広げた“名将”で、ちょうど北満の馬占山将軍になぞらえられる“抗日” の英雄のひとりだ。関東軍にとっても天津軍にとっても“目の上のたん瘤”だったから、ここで“ガツン”と一発かましておきたかったのもやまやまである。
そこで六月十八日、関東軍は奉天特務機関長として少将に昇進していた土肥原賢二を通じて、国民政府側へ宋哲元の処罰を含む強硬な抗議を申し入れた。
普段ならば日本側のこうした抗議に強硬な態度で応じたであろう南京政府だが、大局的な観点からこのような局地的な問題が「日華親善外交」に水を差すようでは面白くないからと、即座に宋哲元のチャハル省首席を罷免した。
関東軍はさらに土肥原少将を代表に民国側へ再発防止に関する協議を申し入れ、主席代理の秦徳純の間で三週間にわたる交渉が行われた。
その結果が「土肥原・秦徳純協定」と呼ばれる次の合意に落ち着いた。
「一、第二次張北事件に関する謝罪と責任者の処罰。
二、日華国交に悪影響を及ぼす機関をチャハル省から撤去する。
三、チャハル省における日本の正当な行為を尊重する。
四、昌平・延慶・大林堡を経て長城にいたる線以東の地域及び、長城沿いの張家口北側を経て張北県南側にいたる線以北の地域から宋哲元の軍隊を撤退させ、同地域の治安維持を保安隊へ移管する。
五、上記撤退は六月二十三日から二週間以内に完了する」
ちょうど同じ頃、上海で発行された『新生』という雑誌に「閑話皇帝」と題する記事が掲載され、ちょっとした騒動に発展した。いわゆる「新生事件」である。
雑誌そのものが刊行されたのは五月四日のことで、その時点ではとくに物議をかもさなかった。これが翌月、天津の『大報』という新聞に転載されたのに同地の日本総領事館が目を付け、総領事館と市政府の手で新聞が廃刊されたことから事件へと発展した。
事件は上海へ飛び火して、ふたたび日本総領事館と市政府の間に雑誌の廃刊や責任者の処罰などが話し合われた。さらに共同租界内の高等裁判所で二度にわたる審理が行われ、出版社社長の杜重遠に懲役一年二カ月の判決が言い渡された。
ところが雑誌も記事もすべて、国民政府の検閲を通過しているはずである。このため事件の余波は日華両政府間の緊張へと発展し、「出版法」の改定や言論統制の強化となって後顧の憂いを残すこととなった。
問題となった記事は、昭和天皇を見下した次の下りである。
「我々の知るところでは、日本の天皇は一人の生物学者である。皇帝になったのは世襲によるためで、彼はならないわけにはいかない。天皇の名義を報じて一切の事を行うとは言うものの、その実、その指揮者たるをえない。天皇は、ただ外賓接見のときに、閲兵のときに、なにか大典礼のときに、用いられるに過ぎない。それ以外の天皇は、人民からまったく忘却されている」
内モンゴルで「第二次張北事件」が発生し、なおかつ天津で「梅津・何應欽協定」が結ばれてからわざか二日後、ふたたび熱河省への国境侵犯となる「第二次熱西侵犯事件」が発生した。
いずれの事件も宋哲元配下の軍勢の仕業である。彼は昭和八(三三)年一月の熱河作戦で日本軍と激戦を繰り広げた“名将”で、ちょうど北満の馬占山将軍になぞらえられる“抗日” の英雄のひとりだ。関東軍にとっても天津軍にとっても“目の上のたん瘤”だったから、ここで“ガツン”と一発かましておきたかったのもやまやまである。
そこで六月十八日、関東軍は奉天特務機関長として少将に昇進していた土肥原賢二を通じて、国民政府側へ宋哲元の処罰を含む強硬な抗議を申し入れた。
普段ならば日本側のこうした抗議に強硬な態度で応じたであろう南京政府だが、大局的な観点からこのような局地的な問題が「日華親善外交」に水を差すようでは面白くないからと、即座に宋哲元のチャハル省首席を罷免した。
関東軍はさらに土肥原少将を代表に民国側へ再発防止に関する協議を申し入れ、主席代理の秦徳純の間で三週間にわたる交渉が行われた。
その結果が「土肥原・秦徳純協定」と呼ばれる次の合意に落ち着いた。
「一、第二次張北事件に関する謝罪と責任者の処罰。
二、日華国交に悪影響を及ぼす機関をチャハル省から撤去する。
三、チャハル省における日本の正当な行為を尊重する。
四、昌平・延慶・大林堡を経て長城にいたる線以東の地域及び、長城沿いの張家口北側を経て張北県南側にいたる線以北の地域から宋哲元の軍隊を撤退させ、同地域の治安維持を保安隊へ移管する。
五、上記撤退は六月二十三日から二週間以内に完了する」
ちょうど同じ頃、上海で発行された『新生』という雑誌に「閑話皇帝」と題する記事が掲載され、ちょっとした騒動に発展した。いわゆる「新生事件」である。
雑誌そのものが刊行されたのは五月四日のことで、その時点ではとくに物議をかもさなかった。これが翌月、天津の『大報』という新聞に転載されたのに同地の日本総領事館が目を付け、総領事館と市政府の手で新聞が廃刊されたことから事件へと発展した。
事件は上海へ飛び火して、ふたたび日本総領事館と市政府の間に雑誌の廃刊や責任者の処罰などが話し合われた。さらに共同租界内の高等裁判所で二度にわたる審理が行われ、出版社社長の杜重遠に懲役一年二カ月の判決が言い渡された。
ところが雑誌も記事もすべて、国民政府の検閲を通過しているはずである。このため事件の余波は日華両政府間の緊張へと発展し、「出版法」の改定や言論統制の強化となって後顧の憂いを残すこととなった。
問題となった記事は、昭和天皇を見下した次の下りである。
「我々の知るところでは、日本の天皇は一人の生物学者である。皇帝になったのは世襲によるためで、彼はならないわけにはいかない。天皇の名義を報じて一切の事を行うとは言うものの、その実、その指揮者たるをえない。天皇は、ただ外賓接見のときに、閲兵のときに、なにか大典礼のときに、用いられるに過ぎない。それ以外の天皇は、人民からまったく忘却されている」
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