上 下
425 / 466
第十五章リース=ロスの幣制改革

第十五章第二十六節(副作用)

しおりを挟む
                二十六
 
 これまでも何度か繰り返したが、民国経済をただならぬ状態へと至らせた最大の原因は米国の銀買い上げ政策だ。
 そして三菱銀行上海支店の吉田政治支店長は、この政策に対する批判の急先鋒である。

 吉田と宋子文そうしぶんが急速に親交を結ぶようになった経緯にも、吉田のこの主張があった。
「当初は彼も乗り気だったのです。私は、浙江財閥せっこうざいばつ御曹司おんぞうしとして、彼単独でも十分に米国側と渡り合えるだろうと踏んでいたのですが、そのうち、『本当に日本は仲介役を務めてくれるのか』と気にするようになりました……」
 
 吉田に言われるまでもなく、南京政府は何度も米国へ政策の見直しを求めた。上海の銀行公会は三四年二月二十日付で、ルーズベルト大統領に宛て「急激な銀価格の上昇は民国経済に重大な打撃を与える」と電請し、その五日後には上海外人協会からも同様の電報を送っている。

 財政部長の孔祥熙こうしょうきは同年八月二十日、上海の米国領事館を通じて前年締結した「八カ国銀協定」の精神に準拠するよう訴えている。これに対して米政府は、自国の銀買上げ政策が協定に反するものではないと反論しつつ、同時に「民国側と協議するにはやぶさかでない」との回答を発信した。
 残念ながらこの回答は、電信の不具合によって到着が遅れたから、南京側は再度ワシントンの施肇基しちょうき大使を通じてコーデル・ハル国務長官宛へ、「銀価の高騰が民国経済を恐慌に陥れる恐れがある」と訴え、これ以上の銀流出を招くような行動を抑制するよう求めた。

 孔部長は十月にもハル長官宛てに米国の銀買い上げを制限するよう懇願したが、折り返しハル長官から返って来たのはこれまでと同じく、「米政府の銀政策は法令上避けられないものの、実行に際しては民国政府の意思をできるだけ考慮する」という毒にも薬にもならない空約束のみであった。さらに続けて、「貨幣本位問題に対しては、さらに友誼ゆうぎ的な対話をする余地がある」と言ってきたものの、民国側ではもはやこの種の言辞が外交的、儀礼的なものに過ぎず、何ら実行を伴わないものと諦めた。
 
 その後も何とかして銀の流出を抑えたい南京政府は九月八日、外国為替管理令を発し、思惑的な外国為替の売買と金業交易所における外貨決済を禁じた。
しかし同法令は治外法権を有する外国銀行や外人ブローカーへの拘束力が伴わず、実質的に二か月余りで有名無実化した。

 次いで政府は銀の輸出税を十パーセントへ引き上げ、ロンドの銀塊ぎんかい相場と中央銀行の公定為替相場に差がある場合は平衡税を課して銀の流出を止めようとした。これらの政策は国内の銀価格上昇を抑えるには有効だったが、海外の銀価格の騰貴には追い付かなかった。このため、却って銀の密輸出を増進させるという副作用を誘発してしまった。

 三四年の十一月に孔祥熙こうしょうき宋子文そうしぶんが香港上海銀行へ借款を打診するまでには、こうしたいきさつがあったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鈍牛 

綿涙粉緒
歴史・時代
     浅草一体を取り仕切る目明かし大親分、藤五郎。  町内の民草はもちろん、十手持ちの役人ですら道を開けて頭をさげようかという男だ。    そんな男の二つ名は、鈍牛。    これは、鈍く光る角をたたえた、眼光鋭き牛の物語である。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

局中法度

夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。 士道に叛く行ないの者が負う責め。 鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。 新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

処理中です...