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第十五章リース=ロスの幣制改革

第十五章第二十四節(モラルサポート)

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                二十四

 四月十二日、上海の現地法人である上海毎日新聞が、香港上海銀行と中央銀行の間に二千万ポンドの借款が成立したと報じた。
 香上銀行は前年孔祥熙こうしょうきから融資の申し入れを受けた際、民国政府の関税収入を基にした担保余力はせいぜい一千五百万ポンドまでと評価していたが、今回はこれに鉄道の営業収入まで加えて再度申し入れたという話だった。

 この報道の真偽は未だにはっきりしていない。当事者である香上銀行のヘンチマン支店長は、「借款というよりも為替取引に関連して民国側から現物の売り為替に応じる代わりに先物売りでヘッジする“change over”の範囲を出るものではない」と話していた。
 このため大毎本紙はいったん報道を見送ったが、上海金融界に衝撃が走った。英国の単独借款だけでも寝耳に水なのに、担保に関税収入のみならず、既存の鉄道運賃収入のみならず、来年開通予定の粤漢えっかん鉄道の営業収入まであてるとあったからだ。

 もし報道が事実ならば、日英間の紳士協定は事実上反故ほごとなったに等しい。 有吉明公使は即座に「根も葉もないこと」と報道を否定し、上海毎日を難詰した。ところがいったん報道を見送った大毎本社は、二十一日付の本紙夕刊に記事を掲載した。

 有吉公使は「根も葉もないこと」と切って捨てた話だが、これを境に「共同借款」の話はすっかり遠のいた。
 かといって、民国経済が何ら改善した訳でもない--。
 
 上海毎日の報道から二日後の午後一時、宋子文そうしぶんは外国銀行幹事団らを私邸に招き、民国の通貨問題に関する指摘会合を開いた。
 幹事団メンバーは横浜正金銀行の矢吹支店長と香上ヘンチマン、バークレイズ銀行のマーレー、シティバンクのマッキー、東方匯理銀行のシュプルトンとなっているが、これに宋子文との私的関係から三菱の吉田も同席した。
 会合では次のことが話された。

 「一、他国と異なり民国へ“管理通貨”なるものを導入するのは不可能。
  二、民国政府が現在のところ、銀輸出禁止策も平価切下げも行わない。
  三、平衡税の撤廃は主義上容認できるが、人心に不安を抱かせないよう既存の税率は維持する。
  四、外国銀行は民国政府の希望に沿って当分の間、銀の輸出を差し控える。個人や商社からの積み出しに対しても、極力思いとどまるよう説得する。
  五、市場の健全性を保つため、外銀=現地銀間の為替売り応じは絶対に必要。
  六、外国銀行は民国側が希望する為替の売り応じに主義上賛成するが、みだりに『売りポジション』をつくるのは営業上の支障をきたすから、民国政府との間に何らかの取り決めが必要」

 一部省略したが、政府間の協調が揺らぐなか、民間銀行どうしの“紳士同盟”が成り立った。これを歴史上、「モラルサポート」と呼んでいる。
 ただ当然、議論を通じてこのような事態を惹き起こした米国の銀政策は終始槍玉に上がったから、米銀代表マッキーはさぞや“針のむしろ”の想いだったに違いない。
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