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第十五章リース=ロスの幣制改革

第十五章第二十三節(交渉術)

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                二十三
 
 果たして英国が共同借款を誘いかけてきたのは、掛け値なしに南京政府の財政難を救おうとの“善意”によるものか、はたまた「廣田外交」による日華提携に刺激され、「将来における自国の発言権を留保する」という“よこしま”な魂胆に発したものか--。

 国際社会は笑顔で握手を交わす「協調路線」の時代と、本能剥き出しで自国のエゴを追窮する「リアルポリティクス」の時代を振り子のように行ったり来たりするようだ。世界大恐慌や満洲事変によって幕を開けた一九三〇年代は明らかに後者の時代と言ってよかろう。口先で何と言おうとも、各国の念頭にあるのは自国の「国益」である。
 
 言うまでもないことだが、借金をする以上は「担保」を拠出せねばならない。一般的に政府が設定する担保は貿易港から上がる関税収入だが、この国は清朝末期時代以降、まるでサラ金から“つまむ”ように借金を重ねてきた。
 日本政府や汪兆銘らが安易な借款に難色を示したのは、このことが回りまわって民国自身の首を絞めることになる。しかも過去に実行された借款の中には使途不明のまま消えてしまった金も少なくない。
 つまり、「貸すも親切、貸さぬも親切」--だ。
 民国の“排日”に散々悩まされてきた日本にとっては、同国の内政が安定し、排日が収まれば即ち国益に叶う。だから廣田外相が次のことを借款の条件に挙げたとしても、単なる“きれいごと”とは言い切れない。

 「民国の恒久的利益に合致するとともに、東亜における日本の地位を尊重し、日華親善の増進を阻害しないこと」

 では英国の国益はどこにあったのだろうか--?
 その真意が測りかねたから、日本側は極力“受け身”の姿勢に徹して英国が“次の一手”をどう振り出してくるかを静観することにした。元はと言えば財政部長の孔祥熙こうしょうき宋子文そうしぶんが言い出した借款話だが、汪兆銘や唐有壬、張公権ら民国政府中央もこの点は同様で、英国の底意に疑念を抱きつつ彼らの動きを注視することに徹した。

 ところが老獪ろうかいな英国は、なかなか“しっぽ”を見せようとしない。
 外交部次長の唐有壬とうゆうじんは三月十六日、有吉明ありよしあきら公使へこんな風に不満を漏らす。

 「その交渉振りはなかなか巧みで、一見親切に見せて一歩一歩相手方の意見を引き出そうとする様に見受けられる」

 三月二十一日には南京の須磨弥吉郎すまやきちろう総領事へもこんな愚痴をこぼしている。

 「英国は一向に具体的な話を持ち出さず、民国側の出足を確かめようとする作戦のようなので、民国側も先方の意思を知るまでは進んで申し出を為さない方針とした」

 そんなこんなで話は遅々として進まない。その間も、民国経済は蝕まれていった--。
 すると三月二十七日、ロンドンの松平のところへフィッシャー大蔵次官がやってきてこう言った。
「民国の現状をこのまま放置したのでは各国のために不利益となるので、近く中央銀行の有力なる専門家を現地へ派遣し、在華公使の下で通貨の調査に当たらせる考えです」
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