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第十五章リース=ロスの幣制改革

第十五章第十八節(米英提携論)

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                 十八

 バーンビー使節団の行きがかりもあって、英国政府は昭和十(三五)年二月二十五日、サー・ロバート・クライブ大使を廣田外相の許へ送り、アーサー・エドワーズとウォーレン・フィッシャーが協議した民国経済再生に関する日英協力の可否を打診した。

 先述の通り、エドワーズがいったん断った民国への借款話をほじくり返したのは、英国がこの依頼を袖にすれば日本がその肩代わりをするとの感触を得たからだ。日に日に悪化する民国経済の状況を、隣国として憂慮しているには違いないし、できれば何らかの手を施してやりたいのもやまやまである--。
 だがクライブ大使の持ち掛け話に廣田外相は浮かない顔をして見せた。

 エドワーズの観察とは裏腹に、日本はこの問題に対する方針をはっきりと決めていなかった。何故なら肝心の民国側にいまいち“当事者意識”がなかったからだ。
 彼の国の人々には我々の想像をはるかに超えて逆境に耐え抜く忍耐力がある。どんな状態まで陥れば「もはや立ち行かない」と白旗を揚げるのか、誰も確認したことがない。
 実際、孔祥熙こうしょうき宋子文そうしぶんは先走って香港上海銀行へ借款を申し入れたものの、民国の財界人や他の政府高官らはいずれも自国経済の将来をさほど悲観していなかった。それ故、日本政府内からも「当事者が求めない借款を外国から持ち掛けるのはいかがなものか」--と慎重な声が上がったのだった。

 南京政府要人からの依頼を自国のみで抱え込まず、こうして協調の打診をしてくれたのだから、英国の態度は極めて公正であり“新設”というべきだろう。だが廣田外相はもうひとつ別の理由から、あるいはこちらの方が重要な理由から、英国の申し出に二の足を踏んだ。
 彼の言い分はこうだ。

 「従来からの彼らの態度を見ると、東亜においてはしきりに日本を頼みにしておきながら、世界の他の地域においては、どうもすれば我々を“ネグレクト”する傾向がある」

 英国はエジプトやマレー、インドなど英連邦や植民地との交易には関税障壁を設けて締め出そうとしている。それなのに、極東のややこしい問題ばかり日本を当てにするなど虫が良すぎるという訳だ。
 この点は極めて重要なので、あらためて触れることにする。

 日本の態度はそんな状態だったが、駒はすでに動き出した。
 三月一日、ワシントンのロナルド・リンゼイ英大使が国務省のウィリアム・フィリップ次官と会談したことが米国の新聞に大きく取り上げられた。会談の中味は秘匿ひとくとされたが、借款問題を話し合ったに違いないとして、様々な憶測を呼んだ。

 「ここで米英が手を結ばなければ、ついに大陸は日本の掌中しょうちゅうに落ちるだろう」

 「民国が米英からの援助を取り付けるための裏工作に走っている」

 これを契機として、米国の新聞論調は大陸方面における米英提携論で盛り上がる。
 するとこれが海を渡って日本の輿論を刺激した。日本の新聞各紙は「日華の急接近で相対的に自国権益への脅威を感じた英米が、共同で裏工作に動き出した」とか、「極東の利権を守るための英国の工作だ」と騒ぎ出す--。
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