419 / 466
第十五章リース=ロスの幣制改革
第十五章第二十節(近隣窮乏化)
しおりを挟む
二十
廣田弘毅外相の日華親善外交が最も目に見えるかたちで現れるのは、他国に先駆け「在華日本公使館」から「大使館」へ昇格させたことだ。
在華公使を最初に大使へ昇格させたのは前年九月二十六日のイタリアで、その直後にソ連邦が追随した。このときは特に反響はなく、列国はただ冷然とこれを眺めていた。
ところが昭和十(一九三五)年五月八日に日本政府が南京政府へ大使館昇格を通知し、関係国にも内話すると、英米仏の公使館はハチの巣をつついた騒ぎとなる。
国際聯盟を脱退し、“世界の孤児”となったはずの日本なんぞに出し抜かれたのでは列強の沽券にかかわるとばかり、慌てて本国政府の了承を取り付け日本と同じ五月十七日に大使昇格を公表した。ドイツは一日遅れの十八日公表となる。ことに英国などは、せめて新大使の信任状捧呈式だけでも日本に後れを取るまいと駆け足でこと進めた。
塘沽協定によって満洲事変に決着がつき、さらに日華両国の関係が改善したのだから、極東の情勢は極めて安定した。世界にとっても万々歳なはずである。
それなのに各国は過敏なほどに他国を“横にらみ”しつつ、「決して出し抜かれまい」と互いに神経を尖らし合った。これは何も極東に限ったことではなく、米州や欧州など世界中のどの国も同じように互いをけん制し合った。
何でそんなことになってしまったのだろうか--?
答えは簡単。世界の経済状況が事変当時よりも著しく悪化したからである。
経済のグローバル化は決して二十世紀後半にはじまった現象ではない。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけて、すでに今日とは比較にならないほど市場メカニズムに依拠した“放任主義(laisse-faire)”の自由貿易が世界中を覆っていた。ただ当時は地球上の大半の土地が“植民地”だったから“貿易相手” は宗主国になり、グッと少なく見えたというのが真相だ。
自由貿易を通じたグローバル経済の拡大は、各国をつないで文化やヒト・モノ・カネの流れを盛んにした。この流れが“巡目”にあるときは、貿易が拡大して世界経済全体のパイも大きくなっていく。
ところがひとたび歯車が逆回転をはじめると、今度は各国が“自己中”になってパイの奪い合いをし始めるから、自国の利益を優先して通貨を切り下げたり他国を排除するために関税障壁を設けたりと、負の競争に勤しむようになる。
この状態を「近隣窮乏化」という。
不幸にして「廣田外交」は世界大恐慌がいよいよ深刻化して、世界中が近隣窮乏化政策、なかんずく「ブロック経済」へと向かっていくなかで実現した。同様に英国が持ち掛けた「共同借款」の誘いも、せっかくの“善意”が字義どおりに受け止められずに“疑心暗鬼”の波間に揺れた。
廣田弘毅外相の日華親善外交が最も目に見えるかたちで現れるのは、他国に先駆け「在華日本公使館」から「大使館」へ昇格させたことだ。
在華公使を最初に大使へ昇格させたのは前年九月二十六日のイタリアで、その直後にソ連邦が追随した。このときは特に反響はなく、列国はただ冷然とこれを眺めていた。
ところが昭和十(一九三五)年五月八日に日本政府が南京政府へ大使館昇格を通知し、関係国にも内話すると、英米仏の公使館はハチの巣をつついた騒ぎとなる。
国際聯盟を脱退し、“世界の孤児”となったはずの日本なんぞに出し抜かれたのでは列強の沽券にかかわるとばかり、慌てて本国政府の了承を取り付け日本と同じ五月十七日に大使昇格を公表した。ドイツは一日遅れの十八日公表となる。ことに英国などは、せめて新大使の信任状捧呈式だけでも日本に後れを取るまいと駆け足でこと進めた。
塘沽協定によって満洲事変に決着がつき、さらに日華両国の関係が改善したのだから、極東の情勢は極めて安定した。世界にとっても万々歳なはずである。
それなのに各国は過敏なほどに他国を“横にらみ”しつつ、「決して出し抜かれまい」と互いに神経を尖らし合った。これは何も極東に限ったことではなく、米州や欧州など世界中のどの国も同じように互いをけん制し合った。
何でそんなことになってしまったのだろうか--?
答えは簡単。世界の経済状況が事変当時よりも著しく悪化したからである。
経済のグローバル化は決して二十世紀後半にはじまった現象ではない。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけて、すでに今日とは比較にならないほど市場メカニズムに依拠した“放任主義(laisse-faire)”の自由貿易が世界中を覆っていた。ただ当時は地球上の大半の土地が“植民地”だったから“貿易相手” は宗主国になり、グッと少なく見えたというのが真相だ。
自由貿易を通じたグローバル経済の拡大は、各国をつないで文化やヒト・モノ・カネの流れを盛んにした。この流れが“巡目”にあるときは、貿易が拡大して世界経済全体のパイも大きくなっていく。
ところがひとたび歯車が逆回転をはじめると、今度は各国が“自己中”になってパイの奪い合いをし始めるから、自国の利益を優先して通貨を切り下げたり他国を排除するために関税障壁を設けたりと、負の競争に勤しむようになる。
この状態を「近隣窮乏化」という。
不幸にして「廣田外交」は世界大恐慌がいよいよ深刻化して、世界中が近隣窮乏化政策、なかんずく「ブロック経済」へと向かっていくなかで実現した。同様に英国が持ち掛けた「共同借款」の誘いも、せっかくの“善意”が字義どおりに受け止められずに“疑心暗鬼”の波間に揺れた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小沢機動部隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。
名は小沢治三郎。
年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。
ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。
毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。
楽しんで頂ければ幸いです!


忍び零右衛門の誉れ
崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。
日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~
うみ
SF
ロシアと戦争がはじまる。
突如、現代日本の少年のノートにこのような落書きが成された。少年はいたずらと思いつつ、ノートに冗談で返信を書き込むと、また相手から書き込みが成される。
なんとノートに書き込んだ人物は日露戦争中だということだったのだ!
ずっと冗談と思っている少年は、日露戦争の経緯を書き込んだ結果、相手から今後の日本について助言を求められる。こうして少年による思わぬ歴史改変がはじまったのだった。
※地名、話し方など全て現代基準で記載しています。違和感があることと思いますが、なるべく分かりやすくをテーマとしているため、ご了承ください。
※この小説はなろうとカクヨムへも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる