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第十五章リース=ロスの幣制改革

第十五章第十五節(廣田外交)

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                十五
 
 戦前の外交評論家、赤松祐之あかまつゆうすけ氏は満洲事変以降の日華関係を大まかに三分割した。

 第一期は事変勃発から昭和八年五月の塘沽タンクー停戦協定調印までの「交戦時代」で、第二期は休戦から昭和九年末までの「反抗時代」もしくは「非妥協時代」だという。この間における民国官民から日本へ向けた敵愾心てきがいしんはなお熾烈で、事ごとに敵対的な態度をとり続けた。
 ところが、昭和九(一九三四)年の半ば--。
 米国の銀買上げ政策が加速したのにともない景気の後退はいよいよ深刻となるに及んで、南京政府内にも現実路線を志向する向きが現れてくる。これを第三期、「復常工作ふくじょうこうさく時代」と呼んだ。

 有り体に言えば「困ったときの日本頼み」--となる。
 歴史家たちが言うところの「民族意識に目覚めた」はずの彼らとて、こう景気が悪くなっては“排日”もままならない。
困ったときには日本を頼る--この理屈は昔も今も、変わらない。

 同年八月に蒋介石しょうかいせき汪兆銘おうちょうめい、駐北平政務委員長の黄郛こうふ廬山ろざんで三者会談を催し、対日外交方針の転換を話し合った。
 従来の行きがかりもあるから全面的な方針転換とはならないものの、現実の情勢を睨みつつ「譲れるところは譲って国交の円滑化をはかろう」という話に落ち着いたといわれる。
 これを受けて華北諸省においては黄郛が、揚子江流域の国民党勢力下にある地域は汪兆銘行政委員長が中心となって、方針転換を指導した。

 廬山会談の成果は同年十一月以降に現れた。
 先ずは日本企業への債務に対し、民国側が返済の意思を示してきた。借りた金は返すのが当たり前だが、「アイツが金を返してきたぜ」が話題に上るところがいかにもこの国らしい。
 これによって東亜興業とうあこうぎょう向け電信借款と第二次電信借款、南潯ナンシュン鉄道借款と、同社および三井向け平綏へいすい鉄道借款、中日実業への電信電話材料借款と実業借款、正金銀行が一部引き受けた平漢鉄道公債などが次々と返済された。
 十二月には塘沽タンクー停戦協定に付随して調印されながら放置されていた、満州との国境における税関も開設された。
 年が明けた昭和十(一九三五)年一月には、満洲国との間に郵便交換も開始された。見ようによっては「南京政府による事実上の満洲国承認」とも受け取れる出来ごとだった。

 外交当局間の交流もはじまった。
 南京の須磨弥吉郎すまやきちろう総領事は年末の一時帰国に際して本省と打ち合わせをした上で、一月二十一日から二十四日まで計三回にわたって汪兆銘行政委員長と踏み込んだ会談をした。
 時を同じくして一月二十二日、帝国議会における外交方針演説で廣田弘毅外相が次のような所信を表明したことが、両国の関係改善に一層の拍車をかけた。

 「(日華)両国の間では、多年にわたる懸案が少しずつ解決を見ようとしている。(中略)我が国としては、今後ますますこの傾向が促進されるのを期待するとともに、民国側においてもそれに対する一層の協力を望む」

 こうした環境変化を追い風に、昭和十(三五)年の年明けとともに「廣田外交」と呼ばれる“親善外交”が幕を開けた。
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