403 / 466
第十五章リース=ロスの幣制改革
第十五章第四節(本位銀流出)
しおりを挟む
四
「この週末、孔祥熙と宋子文が漢口で蒋介石と会談したとのことですが……」
今年一月、吉田の許へ南京政府経済調査部長の宋子文が接触してきた。宋は日本公使館を介して吉田の意見を聞くために部下の張福運を使わした。その報告に興味を惹かれた宋は後日、自ら面会を求め、両者は急速に親交を結ぶようになった。
「ええ、財政顧問のアーサー・ヤングや金融経済界の重鎮も加わって、今後の政府の政策を占う重要な会議となった模様です」
二月二十八日から二日間、南京政府は揚子江中流域の漢口で貨幣会議を開いた。
財政難にあえいだ南京政府は前年の十一月、財政部長の孔祥熙と中央銀行(「中央」という名の民間銀行)総裁の宋子文が独断で上海の香港上海銀行に二千万ポンドの融資を申し込んだ。
香上銀行は案件の性格を踏まえて英政府に相談。ロンドン政府は熟慮の上で、「国際収支の赤字基調など構造的問題を解決しないまま安易な借款をしたところで、資金を使い果たせば元の木阿弥だ。しかも、借款により関税収入は長期にわたり担保として抑えられ、民政発展の障害になる」との理由から申し出を断った。
英国に断られた孔と宋は米国に伺いを立てるが、これもにべなく断られる。そこで今回の会議となった。
一九二九年を一〇〇とした米国の物価指数は、大恐慌により三二年には五〇へと半減する。これに反し、二六年を一〇〇とした上海物価指数は三一年に一二六・七以上へと逆に上昇する。同じく二九年から三一年までに世界の輸出総額は四十三パーセントも減少したのに対し、民国の減少率は一〇・五パーセントに止まった。
高橋財政によって日本経済は過去十三年間続いたデフレーションから脱却し、世界に先駆けて不況を克服したことは知られる筋によく知られている。だが意外と知られていないが、銀本位の中華民国も国際銀相場の下落による自国通貨安という恩恵を享受して、好景気に沸いていたのだ。
経済の好調は銀の輸入量にも表れる。二二年時六千三百万元余りだった銀の輸入超過額は、二九年には約一億七千万元に上り、三〇年も一億三千七百万元を数えた。通貨準備としての銀が増えれば通貨発行余力が生まれ、経済活動はさらに活発になる。
元来は国内産業の対外競争力が脆弱で構造的に輸入超過の中華民国は、貿易収支が赤字基調にある。
それを華僑をはじめとした在外移民からの送金や、キリスト教宣教師らが運営する病院や学校に要する資金、国内に駐留する外国軍隊の経費や近海を通過する外国船への石炭の供給などで埋めて国際収支尻を黒字化してきた。しかもこれを原資に銀を輸入するという好循環を演出してきた。
米人の宣教師だけでも、毎年約三百万ドルの送金を受けているのだ。これらは全て米国内での寄付によって賄われたのだが、民国への外貨流入に大きく寄与した。そうしたこともあって、米国の対民国政策には常にこれらキリスト教宣教師の影が透けて見えた。
ところが世界恐慌のあおりを受けて在外移民からの送金が細り、外国政府や宣教師らの資金供給も十分でなくなると、国際収支はみるみる悪化した。
その結果、決済に要する本位銀が流出するはめになった。
「この週末、孔祥熙と宋子文が漢口で蒋介石と会談したとのことですが……」
今年一月、吉田の許へ南京政府経済調査部長の宋子文が接触してきた。宋は日本公使館を介して吉田の意見を聞くために部下の張福運を使わした。その報告に興味を惹かれた宋は後日、自ら面会を求め、両者は急速に親交を結ぶようになった。
「ええ、財政顧問のアーサー・ヤングや金融経済界の重鎮も加わって、今後の政府の政策を占う重要な会議となった模様です」
二月二十八日から二日間、南京政府は揚子江中流域の漢口で貨幣会議を開いた。
財政難にあえいだ南京政府は前年の十一月、財政部長の孔祥熙と中央銀行(「中央」という名の民間銀行)総裁の宋子文が独断で上海の香港上海銀行に二千万ポンドの融資を申し込んだ。
香上銀行は案件の性格を踏まえて英政府に相談。ロンドン政府は熟慮の上で、「国際収支の赤字基調など構造的問題を解決しないまま安易な借款をしたところで、資金を使い果たせば元の木阿弥だ。しかも、借款により関税収入は長期にわたり担保として抑えられ、民政発展の障害になる」との理由から申し出を断った。
英国に断られた孔と宋は米国に伺いを立てるが、これもにべなく断られる。そこで今回の会議となった。
一九二九年を一〇〇とした米国の物価指数は、大恐慌により三二年には五〇へと半減する。これに反し、二六年を一〇〇とした上海物価指数は三一年に一二六・七以上へと逆に上昇する。同じく二九年から三一年までに世界の輸出総額は四十三パーセントも減少したのに対し、民国の減少率は一〇・五パーセントに止まった。
高橋財政によって日本経済は過去十三年間続いたデフレーションから脱却し、世界に先駆けて不況を克服したことは知られる筋によく知られている。だが意外と知られていないが、銀本位の中華民国も国際銀相場の下落による自国通貨安という恩恵を享受して、好景気に沸いていたのだ。
経済の好調は銀の輸入量にも表れる。二二年時六千三百万元余りだった銀の輸入超過額は、二九年には約一億七千万元に上り、三〇年も一億三千七百万元を数えた。通貨準備としての銀が増えれば通貨発行余力が生まれ、経済活動はさらに活発になる。
元来は国内産業の対外競争力が脆弱で構造的に輸入超過の中華民国は、貿易収支が赤字基調にある。
それを華僑をはじめとした在外移民からの送金や、キリスト教宣教師らが運営する病院や学校に要する資金、国内に駐留する外国軍隊の経費や近海を通過する外国船への石炭の供給などで埋めて国際収支尻を黒字化してきた。しかもこれを原資に銀を輸入するという好循環を演出してきた。
米人の宣教師だけでも、毎年約三百万ドルの送金を受けているのだ。これらは全て米国内での寄付によって賄われたのだが、民国への外貨流入に大きく寄与した。そうしたこともあって、米国の対民国政策には常にこれらキリスト教宣教師の影が透けて見えた。
ところが世界恐慌のあおりを受けて在外移民からの送金が細り、外国政府や宣教師らの資金供給も十分でなくなると、国際収支はみるみる悪化した。
その結果、決済に要する本位銀が流出するはめになった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
鈍牛
綿涙粉緒
歴史・時代
浅草一体を取り仕切る目明かし大親分、藤五郎。
町内の民草はもちろん、十手持ちの役人ですら道を開けて頭をさげようかという男だ。
そんな男の二つ名は、鈍牛。
これは、鈍く光る角をたたえた、眼光鋭き牛の物語である。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
局中法度
夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。
士道に叛く行ないの者が負う責め。
鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。
新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる