風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十五章リース=ロスの幣制改革

第十五章第三節(三菱銀行上海支店)

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                 三
 
 バンドの目抜き通りとなる南京路なんきんろを過ぎて、台湾銀行の角を曲がったところに三菱銀行上海支店はある。隣は三井銀行、向かいに住友銀行が支店を構え、差し詰めこの一画は銀行界の日本村といった場所になっている。

 三菱銀行上海支店は前年竣工したばかりの五階建て鉄骨石造ビルだ。建物自体は極めて簡明な外観を呈しているが、正面玄関には三階まで届くギリシャ風の円柱が四本、いかにも銀行の信用力を誇示するように並んでいる。

 建物の支柱とか円柱を意味する「コラム」という言葉が、どう転じて新聞や雑誌のエッセー欄を意味するようになったのか、洸三郎はその経緯を知らない。立派な柱を見るたびに誰かに聞こうと思うが、ついぞ聞かず仕舞いに過ごしてきた。
 田知花なら知っているだろうか。聞いてみようか、いやそこまでの話じゃない。「何故?」と思えば是非とも知りたいが、「まあいいや」と思えばそれでも構わない。きっとこの先も知らないまま過ごすのだろう。自分が持ちだした疑問だが、早々に自分で引っ込めた。

 顔にあどけなさと小生意気さ浮かべた、丸顔の受付嬢が取り次いでくれた。アップにまとめた髪が、むやみに背伸びしたがる少女のようなアンバランスさを醸していた。色白できめ細かい肌と、凛とした瞳がいかにも良家の子女といった印象を投げかけてくる。こういう顔立ちを見ると、ついその系図を辿りたくなるのが洸三郎の癖だ。

 案内された応接室は支局がまるまる収まりそうなほど広かった。ガランと寒い部屋には緋色ひいろ絨毯じゅうたんが敷き詰められ、その中央に白を基調とした絹の絨毯が重ね敷かれてある。
 革張りのソファと低いテーブルが、大海に浮かぶ小島のようにぽつねんといった感じで鎮座する。窓のない部屋の隅には、いかにも装飾品といった感じの書棚が置かれ、かつて誰も手に取ったことのなさそうな革装丁の本がびっしりと並んでいた。 
 壁にはどこかにありそうだがどこだか分からない風景画と、西洋の女性の横顔を描いた油絵が掛けてある。ホストの正面、来客が背にする壁では、立派な柱時計が単調な振り子運動を繰り返していた。

 二人はテーブルに置かれた日本茶には手を付けず、乾いた音が時を刻むのを背中で聞きながらかしこまっていた。ややあって、廊下を急ぎ足で近づいてくる靴音が聴こえた。

「やあ、大変お待たせしました」
 古田支店長は神経質そうな細面から意表を突くほど張りのある声を上げて近づいてきた。せり上がった額が知性を感じさせ、時折、眼鏡の奥から警戒心の強そうな目をのぞかせた。
 
 時候の挨拶を簡単に済ませると、田知花は単刀直入に切り込んだ。
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