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第十五章リース=ロスの幣制改革

第十五章第二節(銀価高騰)

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                 二
 
「写真班に向かって写真撮るなって……。課長、そりゃ殺生な……。わしら商売上がったりですがな」
「せやから、それは誤解やっちゅうに。わしは何も、写真撮るなっちゅうとるのとちゃう。ただ、フィルムが恐ろしく値上がりしとるから、一枚一枚よう吟味してくれと頼んどるんや」
 朝から写真班の大城と総務課長の菅井がやりあっている。
 このところ、フィルム代の値上がりが著しく、必要以外の撮影を控えるよう本社経理部から“お達し”がきたのだ。

「必要以外の撮影ってなんや? まるで遊びで写真撮っとるようなもの言いやないか!」
 こぶしを振り上げる大城をなだめるつもりが、菅井は自ら火中の栗を拾う羽目に陥ってしまった。

 すべてはフィルムの原材料となる銀の価格が、ここのところ著しく高騰しているがためである。
 三一年末にロンドン市場の銀取引価格が底入れをし、三二年末にはニューヨーク市場も緩やかな上昇へ転じた。もっともこの頃はまだ緩やかな上昇に止まっていたが、三四年になるといきなり勾配が立って“急騰”しはじめた。

 一九二九年に米国を震源地として起こった「世界大恐慌」は、国際金本位制によって他の諸国へと伝播した。ところが極東の大陸は伝統的に銀本位制だったから、中華民国は大恐慌の渦には巻き込まれず“デカップリング”を享受してきたのだった。
 それがここのところの銀価格高騰によって、国内に胎蔵する銀がロンドンやニューヨークへ流出。いよいよ景気に暗い影を落とし始めた。

 銀価格の上昇は上海為替相場に顕著に表れた。
 三二年十二月時点で一九・六四二ドルだった銀元の対ドル相場は三三年二月に二〇ドルを超え、三四年に入ると三三、四ドル台で推移。三五年三月にはさらに三八ドル台へと、実に九七・八パーセント上昇した。対英為替も三二年十二月の十四・三七五ペンスから三五年四月まで三六・二パーセントも高騰した。

 上海為替の騰貴は貿易を減退させ、国内的には通貨高に伴うデフレーションを引き起こした。
 さらに悪いことには、対米為替と銀塊の価格差に投機的な裁定が働いて、海外市場への銀の流出を招いた。本位銀が流出すれば通貨の供給量は減少する。その悪循環がデフレをさらに深刻化させた。
 南京政府は銀塊流出を食い止めるために銀の輸出税を引き上げ、平衡税も導入したが、内外プレミアムは四〇パーセント近くに上り、税金を払ってもなお利益が上がる構造になっていた。まして、密輸業者にとってはサヤの分だけ丸儲けだ。「上に政策があれば、下に対策あり」。政府当局がいくら防止策を講じても、銀の密輸は後を絶たなかった。
 
「旧正月こそ何とか切り抜けられようが、春先には再び深刻な経済危機に見舞われるだろう。とにかく米国が銀政策を変えない限り、この不況はどうにもならない」

 足許の銀高と民国の不況はアメリカ発の現象--。
 対米批判の急先鋒に立ったのが、三菱銀行上海支店長の吉田政治よしだせいじだ。吉田はかつてニューヨーク支店長も務め、米国の銀政策に精通している。そうした経歴もあって上海金融界のご意見番として一目置かれていた。
 
 洸三郎と田知花はいま、その吉田を訪れようとしている。
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