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第十四章上海事変
第十四章第四十一節(広報活動)
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四十一
鶴見祐輔が主張したように、「日本の陸海軍が上海で行った行為は誤情報となって世界へ伝えられ、誤解のかたちで認知された」とするならば、その“誤解”はどこで生じたのだろうか--?
国際社会に対する情報発信の不足が満洲事変を不必要にこじらせた経緯を踏まえ、日本政府も軍部も上海の件については鋭意広報活動に力を入れた。ところが上海発の外電には、全くと言ってよいほどそれらが反映されていない。
本章の中盤に『ニューヨーク・タイムス』のハレット・アーベント記者の事例を引用したが、実はロイター電や『ロンドン・タイムス』など世界の名だたる報道機関が、事変の初っ端から「日本海軍はその陸軍が満洲で行ったことを南方で行おうとしている」と報じ続けた。
インターネットのおかげもあって近年は随分と“情報リテラシー”に敏感な人が増えたが、主要メディアがひとつの“論調”を作り上げると、これがテンプレートとなって他のメディアに拡散されるのは事実だ。
このような事態に至った経緯に関連して二月四日、芳澤外相から重光公使へ宛て興味深い電報が送られた。
東京のロイターから上海のロイターへ、「日本海軍の発表は現地で入手できているか」を照会してもらったところ、次のような返答が来たという。
「一月三十一日に大北電信内の聯合通信事務所が閉鎖されてから、日本側の『ニュース』は入手できなくなった。日本総領事館へ連絡を試みたが、“使いの者”は日本側の警戒が厳重なのに怯え、ガーデンブリッジを渡れないでいる」
記者は千里眼を持っている訳ではないから、得られた情報を基に記事を書く。その情報源が偏っていたならば、記事に偏りが生じるのも無理はない。とかく読者は記者に「かくあるべし」を求めるが、現実は“べき論”でどうにもならないのだ。
おまけに便衣隊の出現で「恐慌状態」に陥った租界の外国人社会には、「こうなったのもすべては日本のせい」というムードが広がったから、この目線を引き継ぐかたちで「反日論調」に傾いたとしても無理はない。
ただ政府が情報の真偽を確かめもせず、他国の政府へ苦情を申し立ててくるとなれば話は別だ。
キャメロン・フォーブス米大使が二月一日、ワシントンからの訓令として「陸戦隊は他国の警備区域にまで侵入し、自軍の攻撃の根拠地としている。これがため英米居留民の生命財産を危機に晒している」と警告しに来た。その際、芳澤外相はついにその苛立ちをぶちまけた。
「貴国政府は日本人居留民が皆殺しにされようとも、防衛の為に居留地を使うべきではないとの考えか?」
「米国政府は日本の陸戦隊の行動に対して非常なる批評を加えながら、民国の軍隊の行動については何の批評もしないようだ」
「最近上海から来る報道の中には荒唐無稽のものが少なからずある。米政府においても信用すべき報道と信用すべからざる報道を区別するよう希望する」
鶴見祐輔が主張したように、「日本の陸海軍が上海で行った行為は誤情報となって世界へ伝えられ、誤解のかたちで認知された」とするならば、その“誤解”はどこで生じたのだろうか--?
国際社会に対する情報発信の不足が満洲事変を不必要にこじらせた経緯を踏まえ、日本政府も軍部も上海の件については鋭意広報活動に力を入れた。ところが上海発の外電には、全くと言ってよいほどそれらが反映されていない。
本章の中盤に『ニューヨーク・タイムス』のハレット・アーベント記者の事例を引用したが、実はロイター電や『ロンドン・タイムス』など世界の名だたる報道機関が、事変の初っ端から「日本海軍はその陸軍が満洲で行ったことを南方で行おうとしている」と報じ続けた。
インターネットのおかげもあって近年は随分と“情報リテラシー”に敏感な人が増えたが、主要メディアがひとつの“論調”を作り上げると、これがテンプレートとなって他のメディアに拡散されるのは事実だ。
このような事態に至った経緯に関連して二月四日、芳澤外相から重光公使へ宛て興味深い電報が送られた。
東京のロイターから上海のロイターへ、「日本海軍の発表は現地で入手できているか」を照会してもらったところ、次のような返答が来たという。
「一月三十一日に大北電信内の聯合通信事務所が閉鎖されてから、日本側の『ニュース』は入手できなくなった。日本総領事館へ連絡を試みたが、“使いの者”は日本側の警戒が厳重なのに怯え、ガーデンブリッジを渡れないでいる」
記者は千里眼を持っている訳ではないから、得られた情報を基に記事を書く。その情報源が偏っていたならば、記事に偏りが生じるのも無理はない。とかく読者は記者に「かくあるべし」を求めるが、現実は“べき論”でどうにもならないのだ。
おまけに便衣隊の出現で「恐慌状態」に陥った租界の外国人社会には、「こうなったのもすべては日本のせい」というムードが広がったから、この目線を引き継ぐかたちで「反日論調」に傾いたとしても無理はない。
ただ政府が情報の真偽を確かめもせず、他国の政府へ苦情を申し立ててくるとなれば話は別だ。
キャメロン・フォーブス米大使が二月一日、ワシントンからの訓令として「陸戦隊は他国の警備区域にまで侵入し、自軍の攻撃の根拠地としている。これがため英米居留民の生命財産を危機に晒している」と警告しに来た。その際、芳澤外相はついにその苛立ちをぶちまけた。
「貴国政府は日本人居留民が皆殺しにされようとも、防衛の為に居留地を使うべきではないとの考えか?」
「米国政府は日本の陸戦隊の行動に対して非常なる批評を加えながら、民国の軍隊の行動については何の批評もしないようだ」
「最近上海から来る報道の中には荒唐無稽のものが少なからずある。米政府においても信用すべき報道と信用すべからざる報道を区別するよう希望する」
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