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第十四章上海事変
第十四章第三十九節(条約違反)
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三十九
芳澤謙吉外相が発した「『九カ国条約』は中華民国の現状にそぐわない」とする発言と、スチムソン国務長官がボラー上院外交委員長へ宛てた手紙に盛り込んだ「米国はグアムの要塞建設を犠牲にして『九カ国条約』を締結したのだ」との主張は、日米双方に大きな波紋を呼んだ。
「スチムソン氏は歴史的事実への認識が欠如している」--。
「海軍軍縮交渉とグアムの非要塞化に関する話し合いは、中華民国の問題を巡る交渉の過程で生まれたものではない。後者に関する交渉が始まる前に合意された話だ」
外務省スポークスマンはここを先途と長官の認識不足を攻撃し、事実関係を再確認した。
国際都市上海を舞台にした世界大戦級の戦闘行為は、いよいよ目の前で行われている出来ごとへの非難を越えて国家間の条約問題に発展した。
「『九カ国条約』は、締結国の間に意見の相違が生じた場合、これといった解決の手段を定めておらず、ただ“相互に協議し合う”としている。合衆国は日本を『条約違反』呼ばわりする前に、何らの話し合いも持とうとしなかったではないか」
さらに彼は、「条約が現状にそぐわない」とした外相の真意を代弁し、「決して条約を修正すべきだとか、破棄すべきだ言っているのではない」と弁護した。その上で「九カ国条約」が締結された当時は、ある種の期待感とか前提を想定していた点に注意を喚起した。
「九カ国条約に対する我が国の見解は、中華民国の主権と統一を列強諸国が尊重するという点にあった。その時点で各国は、現状のような事態が起こるとは露ほども思っていなかった。
これら諸国は、中華民国が速やかに統一国家としての属性を体現していたならば、これを尊重し、国家統一を阻むようないかなる障害をももたらさないと誓ったのである。
列強諸国は中華民国の国家建設を後押ししようと、数々の譲歩を示してきた。ところが彼らはそのチャンスを生かすことがなかった」
アメリカやヨーロッパから見て「九カ国条約」の遵守は、近代国際社会が成立する上で絶対的に不可欠な「条約尊重」という“概念”を厳守することを意味する。だからある一国の都合によってそう易々と修正できるものではない。
だがすぐ隣にある日本の立場にしてみれば、民国の安定は自国の利点に働き、混乱はすぐさま悪影響として現れる、まさに死活問題なのだ。
それ故スポークスマンは、地政学的な観点でみた日米の立場の違いをこう語った。
「我が国が米国ほど遠くにあったならば、同じように長期的視野に立つことも可能だったろう。だが、(大陸における)我が国の利害は余りに大きく、際限なくいつまでも待ってはいられないのだ。過去十年にわたって我々は無益と言えるほどの節度をもって彼らの行方を見守ってきた」
以上が国務省に対する外務省スポークスマンの反論となる。陸軍省となると、もっと語気は荒くなる。
「九カ国条約の遵守に異論を挟むつもりはないが、同条約が日本や他国の権利を奪うものでもないはずだ。合衆国と英国が南京を砲撃したとき、あなた方はその行為が条約に抵触するということを、わずかなりとも考慮しただろうか」
芳澤謙吉外相が発した「『九カ国条約』は中華民国の現状にそぐわない」とする発言と、スチムソン国務長官がボラー上院外交委員長へ宛てた手紙に盛り込んだ「米国はグアムの要塞建設を犠牲にして『九カ国条約』を締結したのだ」との主張は、日米双方に大きな波紋を呼んだ。
「スチムソン氏は歴史的事実への認識が欠如している」--。
「海軍軍縮交渉とグアムの非要塞化に関する話し合いは、中華民国の問題を巡る交渉の過程で生まれたものではない。後者に関する交渉が始まる前に合意された話だ」
外務省スポークスマンはここを先途と長官の認識不足を攻撃し、事実関係を再確認した。
国際都市上海を舞台にした世界大戦級の戦闘行為は、いよいよ目の前で行われている出来ごとへの非難を越えて国家間の条約問題に発展した。
「『九カ国条約』は、締結国の間に意見の相違が生じた場合、これといった解決の手段を定めておらず、ただ“相互に協議し合う”としている。合衆国は日本を『条約違反』呼ばわりする前に、何らの話し合いも持とうとしなかったではないか」
さらに彼は、「条約が現状にそぐわない」とした外相の真意を代弁し、「決して条約を修正すべきだとか、破棄すべきだ言っているのではない」と弁護した。その上で「九カ国条約」が締結された当時は、ある種の期待感とか前提を想定していた点に注意を喚起した。
「九カ国条約に対する我が国の見解は、中華民国の主権と統一を列強諸国が尊重するという点にあった。その時点で各国は、現状のような事態が起こるとは露ほども思っていなかった。
これら諸国は、中華民国が速やかに統一国家としての属性を体現していたならば、これを尊重し、国家統一を阻むようないかなる障害をももたらさないと誓ったのである。
列強諸国は中華民国の国家建設を後押ししようと、数々の譲歩を示してきた。ところが彼らはそのチャンスを生かすことがなかった」
アメリカやヨーロッパから見て「九カ国条約」の遵守は、近代国際社会が成立する上で絶対的に不可欠な「条約尊重」という“概念”を厳守することを意味する。だからある一国の都合によってそう易々と修正できるものではない。
だがすぐ隣にある日本の立場にしてみれば、民国の安定は自国の利点に働き、混乱はすぐさま悪影響として現れる、まさに死活問題なのだ。
それ故スポークスマンは、地政学的な観点でみた日米の立場の違いをこう語った。
「我が国が米国ほど遠くにあったならば、同じように長期的視野に立つことも可能だったろう。だが、(大陸における)我が国の利害は余りに大きく、際限なくいつまでも待ってはいられないのだ。過去十年にわたって我々は無益と言えるほどの節度をもって彼らの行方を見守ってきた」
以上が国務省に対する外務省スポークスマンの反論となる。陸軍省となると、もっと語気は荒くなる。
「九カ国条約の遵守に異論を挟むつもりはないが、同条約が日本や他国の権利を奪うものでもないはずだ。合衆国と英国が南京を砲撃したとき、あなた方はその行為が条約に抵触するということを、わずかなりとも考慮しただろうか」
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