388 / 466
第十四章上海事変
第十四章第三十八節(ボラーへの手紙)
しおりを挟む
三十八
英米が主導して二月二日付の「四カ国共同声明」を発したものの、英国の保守党内閣は表立って日本と“こと”を構えたがらなかった。ジュネーブでは二月十二日、中華民国代表が「規約第十六条」に訴え出たのを受けて十二カ国委員会が招集されたが、ここでも敢えて“火中の栗”を拾いに行こうとする者はいなかった。
片やワシントンの国務省は、遠からず日本の有権者も“熱病”から冷めるだろうと様子見を決め込んでいた。
各国政府が優柔不断な態度を取り続けるなか、世界の公衆は日本への敵意を募らせ、「対日経済制裁」を声高に叫んだ。
日増しに激しさを増す国内輿論に押され、また日本の総選挙結果を受けて、スチムソン長官もようやく重い腰を上げる。
とは言っても、この度もすっかり彼の“十八番”となった「手紙外交」に打って出たのだった……。
スチムソン長官は二月二十四日、ボラー外交委員長へ宛てた手紙という体裁で、日本および英・仏・伊など中華大陸に密接な関係を有する諸国へ向けた声明を発表した。それはこれまでの「覚書」とは比較にならないほど長文だったが、要点をまとめると次の四つになる。
「一、合衆国政府は日本の中華大陸における軍事行動に対し、我が国が列国との間で結んだ厳粛なる条約に違反するものであると見なす。
二、英国の現与党である保守党に対しては、米国のフーバー政権と呼応して日本に『門戸開放政策』を再確認するよう促す。
三、日本が『九カ国条約』の見直しを図る会議を提唱しようが、上海における武力行動によってこれを破棄しようが、同条約は合衆国が太平洋における海軍の軍縮および要塞建設を犠牲にして締結したものであることを注意喚起する。
四、来る三月三日の聯盟総会に出席する各国へは合衆国政府と足並みを揃え、世界の言論の力によって日本にその無法者ぶりを倫理的に覚らせるよう働きかける。それによって中華民国の奪われた主権を旧態へ復さしめる」
するとすぐさま、日本の外務省スポークスマンがこれに噛みついた。
「一九二一、二二年のワシントン軍縮会議において、海軍軍縮と九カ国条約の間にはいかなるバーターも存在しなかった」
第十三章第四十三節に書いた通り、合衆国海軍がグアムとフィリピンに建設中だった要塞は、当時日本領だった台湾への最大の脅威だった。このため帝国海軍は日露戦争後に目指してきた「八八艦隊構想」を断念し、かつ虎の子の「日英同盟」まで破棄して意味のない「四カ国条約」に署名したのである。
つまりスチムソン氏が指摘すべきは「九カ国条約」ではなく「四カ国条約」の方で、同条約の締結にあたっては日本側の譲歩が大きかったのだ。外務省は取りも直さずそのことを指摘した。
英米が主導して二月二日付の「四カ国共同声明」を発したものの、英国の保守党内閣は表立って日本と“こと”を構えたがらなかった。ジュネーブでは二月十二日、中華民国代表が「規約第十六条」に訴え出たのを受けて十二カ国委員会が招集されたが、ここでも敢えて“火中の栗”を拾いに行こうとする者はいなかった。
片やワシントンの国務省は、遠からず日本の有権者も“熱病”から冷めるだろうと様子見を決め込んでいた。
各国政府が優柔不断な態度を取り続けるなか、世界の公衆は日本への敵意を募らせ、「対日経済制裁」を声高に叫んだ。
日増しに激しさを増す国内輿論に押され、また日本の総選挙結果を受けて、スチムソン長官もようやく重い腰を上げる。
とは言っても、この度もすっかり彼の“十八番”となった「手紙外交」に打って出たのだった……。
スチムソン長官は二月二十四日、ボラー外交委員長へ宛てた手紙という体裁で、日本および英・仏・伊など中華大陸に密接な関係を有する諸国へ向けた声明を発表した。それはこれまでの「覚書」とは比較にならないほど長文だったが、要点をまとめると次の四つになる。
「一、合衆国政府は日本の中華大陸における軍事行動に対し、我が国が列国との間で結んだ厳粛なる条約に違反するものであると見なす。
二、英国の現与党である保守党に対しては、米国のフーバー政権と呼応して日本に『門戸開放政策』を再確認するよう促す。
三、日本が『九カ国条約』の見直しを図る会議を提唱しようが、上海における武力行動によってこれを破棄しようが、同条約は合衆国が太平洋における海軍の軍縮および要塞建設を犠牲にして締結したものであることを注意喚起する。
四、来る三月三日の聯盟総会に出席する各国へは合衆国政府と足並みを揃え、世界の言論の力によって日本にその無法者ぶりを倫理的に覚らせるよう働きかける。それによって中華民国の奪われた主権を旧態へ復さしめる」
するとすぐさま、日本の外務省スポークスマンがこれに噛みついた。
「一九二一、二二年のワシントン軍縮会議において、海軍軍縮と九カ国条約の間にはいかなるバーターも存在しなかった」
第十三章第四十三節に書いた通り、合衆国海軍がグアムとフィリピンに建設中だった要塞は、当時日本領だった台湾への最大の脅威だった。このため帝国海軍は日露戦争後に目指してきた「八八艦隊構想」を断念し、かつ虎の子の「日英同盟」まで破棄して意味のない「四カ国条約」に署名したのである。
つまりスチムソン氏が指摘すべきは「九カ国条約」ではなく「四カ国条約」の方で、同条約の締結にあたっては日本側の譲歩が大きかったのだ。外務省は取りも直さずそのことを指摘した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
鈍牛
綿涙粉緒
歴史・時代
浅草一体を取り仕切る目明かし大親分、藤五郎。
町内の民草はもちろん、十手持ちの役人ですら道を開けて頭をさげようかという男だ。
そんな男の二つ名は、鈍牛。
これは、鈍く光る角をたたえた、眼光鋭き牛の物語である。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
局中法度
夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。
士道に叛く行ないの者が負う責め。
鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。
新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる