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第十四章上海事変

第十四章第三十一節(尼僧)

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                三十一

 アーベント記者とのインタビューに際して塩澤提督は、内地から約千人の陸戦隊増援部隊がやってくることや、呉淞ウースン砲台を占領するために陸軍も出動したこと、これら増援軍が上陸したら日本軍は本格的な軍事行動へ移る--など今後の計画を明かした。

 その予告通り、日本海軍は新たに山東方面を警備する第三遣外艦隊の巡洋艦七隻、駆逐艦二十隻と正規空母加賀および鳳翔ほうしょうを上海へ回航させた。以降、海軍の指揮権は第三遣外艦隊司令官の野村吉三郎のむらきちさぶろう中将が握ることとなった。
 日米開戦時の駐米大使として知名度の高い野村将軍だが、第一次上海事変で帝国海軍の総指揮を執ったバリバリの軍人である。海軍きっての“国際派”でも知られていたから、租界の欧米人社会には「英米斡旋による停戦協定」への期待が膨らんだ。

 その期待の表れが、十二日午前八時から正午まで四時間限定の休戦協定の形で結実した。
 早速、閘北ざほく方面に取り残された非戦闘員の住民を救出するため、上海義勇軍のベル大佐とフランスカトリック教会ジャクイノベル大佐令嬢に率いられた尼僧三十人からなる救護班が結成された。救護班は赤十字旗を掲げたトラック四台に分乗し、北四川路きたしせんろから虹江路きゅうこうろへ進み、鉄道線路を渡って閘北の貧民窟ひんみんくつへと入った。

 線路を横断する際、民家の中から突如として銃弾が撃ち込まれた。
 「神出鬼没の華人スナイパー」には休戦協定もお構いない。第三国の西洋人をも銃撃したくらいなのだから、陸戦隊の陣地などは当然のごとく彼らの標的となった。午前八時半頃には野砲弾すら飛んできたほどの無統制ぶりだった。
 
 「休戦の間、北四川路一帯では空き家に残された家財の争奪戦が行われた。前半の二時間には華人が大規模な掠奪を働き続けた。最初に入り込んだ家から家財を持ち出すと、すぐさま隣の家へ入り込み『これはウチの兄弟の持ち物だ』と叫びながら家の中のものを持ち出した。そして、今度は『友人の家財を引き揚げているんだ』と声高に言いながら、さらに別の家へと入っていった」
 
 これは救護班の尼僧たちが目撃した閘北ざほくのあり様だ。だが彼女らが目の当たりにしたのはこれだけではなかった。その先には日本人自警団たちによる、目を覆いたくなるほどの所業があった。

 「ある場所で四人の華人市民が死んでいるのを発見した。うち二人は後ろ手に縛られ、後頭部を撃たれていた」
 
 「この朝の日本人の不安心理を物語る出来ごとのひとつは、ある兵士が公共事業局の警備員を銃剣で突き刺したことだ。その被害者は病院に着く間もなく絶命した」
 
 「日本人ときたら、十四歳の少年までが一緒になって、陸戦隊をただぼうっと眺めていただけの華人のむこうずねを、何の警告もなしにガスパイプのようなもので打ち付けたのだ。通りの辻々つじつじには歩哨が立っていて、哀れな老人や少女がただ通行するのを許すだけなのに、彼女らを壁に沿って立たせて三十分にもわたって銃剣の先で小突き続けた」
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