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第十四章上海事変

第十四章第三十節(インタビュー)

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                 三十

 「世界中のメディアから本職や我が軍へ向けられた“残忍”という誹謗に対しては、もし本職が現状の軍事的必要の範囲を越えて行動しようと判断していたなら、今より遥かに強力な爆撃編隊による大規模な爆撃を敢行していたであろうと返すのみだ」

 二月四日の午後六時、アーベント記者は初めて塩澤幸一少将へのインタビューを行った。翌日の紙面に掲載されたその内容は、事変以来はじめて日本軍司令官が明かした赤裸々な“思い”を余すところなく伝えた記事として、特筆に値する。

 「信じられないだろうが、本職は上海を破壊するなど、何とも気が進まないのだ。それ故、我が飛行隊は卓越した技量のもとに極めて小型の爆弾を投下しているに過ぎない。(中略)結果的に緊張は長引き、しばしば危険な状態すら惹起したが、このポリシーは爆薬によって生じる不可避的な死や破壊を不必要に拡大させたくないとの本能的な抵抗感に発したものである

 感心にもこの間記者は、ひたすら聞くことに徹した。
 司令官によれば、これまでの日本側の損害は戦死者二十人と負傷者二百三十人におよぶという。日本側の損害も決して小さくない。
そして単刀直入に日本の軍事目標を問われた司令官は、躊躇なくこう答えた。

 「上海における日本人の密集地が彼らの砲弾の射程に入らない、六、七マイル(九・六~十一・二キロ)先へ追いやったら、軍事的なフェーズは終了する。それ以上先へは追撃しないつもりだ」

 「敵を駆逐してさらに“領土”を占領するほどの十分な人員を持ち合わせていない」

 つい二、三日前まで、記者の目に映った日本軍の姿は“残忍”で“無秩序” で“野心的”な「侵略者」にほかならなかった。ところがその“親玉”にこうして会ってみると、それは「気さく(genial)」で「おしゃべり(loquacious)」な人物だった。
 しかも彼は、至極道理の通った話をするではないか。せっかくだから、何でこうなったのか、武力衝突にいたった経緯を聞いてみた。

 塩澤提督の説明によれば、最後通牒の期限が迫った一月二十八日午後四時頃、村井倉松総領事が彼のところへ「呉鉄城ごてつじょう市長が日本の要求を呑んだ」と伝えに来た。その時点で二人は握手を交わし、交渉が平和裏に成就されたことを祝った。
 そして司令官はすぐさま、“もしも”の場合に備えた部隊配備を解いた。

 ところがその晩、閘北ざほく方面から華人警官が一人残らず逃げ出してしまった。そこには約六千人の日本人が暮らしている。
 そこで司令官は再び陸戦隊を呼び戻し、所定の警備区へ向かうよう指示した。

 事態はこの命令を受けた陸戦隊が持ち場へ向かう途中、民国側兵士が建物の階上から手りゅう弾を投げつけたことから始まった。

 このインタビューが記者に大きなインパクトを与えたのは間違いない。その後、彼は態度を“一転させた”とまでは言わずとも、徐々に論調を変えていった。少なくとも“弱き華人”への憐憫の念に起因する“独善”からは、解き放たれたようだった。
 六日付の記事にはこんな文章すら現れた。
 
「民国軍の戦線が後退すると、虹口ホンキュウ地区にも少しずつ秩序が戻ってきた」
 
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