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第十四章上海事変

第十四章第二十七節(ナイトライフ)

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                二十七

 戦禍は華人の心に深い傷を刻んだばかりでなく、蘇州河そしゅうが西岸に暮らす欧米人の暮らしにも影を落とした。

 租界工部局は二月一日、午後十時から翌朝の四時までの間、許可証を所持しない者への「夜間外出禁止令」を発令した。これには租界の“ナイトライフ”が大打撃を被った。
 何せバーのはしごは午後十時までとなったから、つい長っ尻となった常連客は、夜中いっぱい店の中へかん詰めとならざるを得なくなったのだ。
 ジャズもダンスもビリヤードも同様で、午後十時を過ぎたら店の外へは出られなくなった。食糧は底を尽きそうだが酒はふんだんにあったようだ。この方面から物資の不足を訴える声は上がらなかった。

 いや冗談じゃない! そんなお気楽な話ではないぞ! ダンスパーティーは午後十時で「お開き」しなくてはならなくなったではないか! まったく迷惑な話だ--!

 “天国”と“地獄” --。
 細い川を隔ててこの地にはまるで異世界が併存した。
 河の東側は街灯が破壊され電線も切られ、街からすっかり灯りが消えた。真っ暗闇の中に時折スナイパーの銃が鳴り、獲物を仕留める。すると続いて日本軍の機関銃のタタタタっという乾いた音が響いた。ここでは相も変わらず“命”のやり取りが続いている。

 それに引き換え西側地区では、営業時間の短縮を強いられたものの、一晩中音楽が鳴り止むことはなかった。
 
 すっかり“悪者”となった日本側からも、ひとつだけ良い知らせが届いた。日本の当局が自国の「自警団」の行動に制限を加えたのだ。最大四千人とされた自警団から六百人だけを選抜し、残りを解散させた。そうして選ばれた自警団員からも、すべての銃器を取り上げた。

 陸戦隊が出動して気の大きくなった邦人自警団が、「日頃の鬱憤うっぷんが一気に爆発させる」と言わんばかりの“過剰防衛” に走ったのは確かなようだ。スナイパーや便衣兵とおぼしき華人を片っ端から捕まえてきては乱暴に縛り上げ、陸戦隊へと突き出すまではまあ良しとして、抵抗する者に私的制裁を加えたり、良く調べもせずその場で射殺ないしは刺殺したり、なかには混乱に乗じて気に食わないという理由だけで罪のない市民を傷つけたり殺害した不埒な輩もいたという。

 そうした傍若無人な振る舞いは自然と人々の知るところとなり、悪質な者は官憲に捕えられて本国へ強制送還され、国内法で刑事裁判に付せられた。後日書かれた記事には、このとき二十四人の日本人が上海から追放されたとある。
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