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第十四章上海事変

第十四章第二十五節(自警団)

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                二十五

 日本軍が三十一日の晩に占領したという「蘇州河そしゅうが以東の共同租界」を虹口ホンキュウ地区という。
 元々は“アメリカ租界”だったのが、イギリス租界と合併して「国際共同租界」となった。

 上海事変からの復興の過程で閘北ざほくから移住してきた日本人のプレゼンスが著しく高まり、後年には「日本人村」と呼ばれるようになる。紛争中のこの頃は、まだアスターハウス・ホテルや中央郵便局があって上海の“ビジネス街”の一角をなすなど、“アメリカ風”の佇まいを残していたようだ。

 日本軍が占領したことにより、上海市街戦の主戦場は閘北ざほくと並んで虹口へと広がる。
 
 「虹口地区では識別用に赤と白の線が入った腕章を付けた平服姿の日本の在郷軍人が、抜身のピストルの引き金に指をかけた姿でうろついている。彼らは狙撃者と疑われる華人を殺すのに何の躊躇ちゅうちょもなかった」
 
 「この地区で日本軍は民生当局を追い出し、戒厳令が出されていないにもかかわらず、まるで(虹口を)戒厳令下の厳重な監視に置かれた軍事施設へと変えてしまった」
 
 「今日の午前三時半、蘇州河東岸に突如として日本軍の一斉射撃が起こった。弾丸はうなりを上げながら円明園路(外灘の裏通り)を越えてニューヨーク・タイムス支局の窓を過ぎていった。そして時折、英国領事館の家屋に当たって跳ねた」
 
 支局に隣接する虹口で闘いが本格化すると、戦闘の報道はより詳細になった。それと同時に、ここを巡る攻防戦では陸戦隊そのものよりも在郷軍人会を中心とした“自警団”の存在が表に出てくる。
 そして彼らの行為に多くの“行き過ぎ”があって、「悪役日本」の汚名をさらにおとしめた。

 抜き身の日本刀やピストルを片手に、鉢巻きで白昼堂々街中をうろつく日本人自警団の姿は誰の目にも“異様”に映っただろう。片や一般人に紛れ込んだ“便衣兵”は、素人目に見て“哀れな市民”に他ならない。
 空からは爆弾、水上からは艦砲射撃、地上においては抜き身の拳銃を振り回して泣き叫ぶ華人を縛り上げ、こづきまわす--!

 さぞや“文明人”の嫌悪を誘ったことだろう。同時に在米邦人たちがいかに肩身の狭い思いをしたかも、想像に難くない。
 清澤洌きよさわきよし氏はその歯がゆさ、もどかしさをこう記した。

 「遺憾なのは日本が理由なく上海を攻撃したと報道されたことであった。支那側は、支那が日本の要求たる(一)市長の陳謝、(二)加害者の逮捕処罰、(三)被害者に対する損害賠償、(四)抗日会等排日団体の即時解散の四項を全部容れたにかかわらず、砲撃を開始したというのである。これに対する否定的、説明的の報道は日本側から少しも来なかった。当時ニューヨークにあったわれ等自身が、米人に対し説明に困って百方ひゃっぽう問い合わせたものである。この戦闘の原因が、実は虹江路きゅうこうろその他閘北ざほく支那街で、わが軍が支那正規軍から射撃を受けたので、自衛上応戦し、ここに交戦状態に入ったものである旨の説明が、ニューヨーク総領事館に来たのは二、三日後で、もうニュースにも何もならない頃である」
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