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第十四章上海事変

第十四章第十六節(マッチポンプ)

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                十六
 
 上海の騒動が新聞の一面扱い※となるのは、翌二十三日付からのこと--。

 AP電を引用しつつ、上海の領事団が塩澤しおざわ提督を訪れ「共同租界内で日本が単独行動を取るのを許容できない」と警告したと伝えた。以降、上海事変は連日一面の大見出しを飾ることになる。
 ※英字紙の記事はおおよそが長文だ。大抵は一面に収まらず、「Continued on Page 〇」と附して中面へ続く。筆者が「一面扱い」と書いた場合は、「一面から中面へ続く記事」とご理解いただきたい。

 本章第十二節に書いたように、日本の海軍省が現地へ軍艦と陸戦隊を派遣したのは呉鉄城ごてつじょう市長へ圧力をかけるのが目的だった。広島のくれを出発した陸戦隊四百五十人は二十三日、上海へ上陸した。
 事実はそれ以上でも以下でもないのだが、二十四日付の新聞はこれを「日本陸戦隊上陸、上海の要塞占領へ。民国の抗戦は不可避」というセンセーショナルな大見出しで報じた。
 一面から続く二十面の記事には、「日本、上海占領を準備」と誇大な見出しすら躍った。
 
 そうした派手な記事の片隅に、上海総領事団の代表を務める米国のエドウィン・カニンガム総領事のコメントが載っている。
 「日本側へ警告など発していない」と前日のAP電を打ち消す総領事の声明は、目立たないよう小さく畳まれていた。

 さて、“鳴り物入り”で公表した「ドクトリン」が不発に終わったスチムソン長官は、その後上海方面の緊張が深刻の度を増していったにもかかわらず、ロングアイランドの自宅で静養していた。
 長官の名代みょうだいとしてフーバー大統領に引見したウィリアム・キャッスル次官は二十三日、「日本軍の今回の行動に対し、合衆国国務省は何ら公式のアクションを起こさない」と言明し、米海軍省も現地のモントゴメリー・テイラー提督へ「何の指示も送らない」と表明した。

 つまり二十四日付の同紙はフロントページで「戦争は不可避」と読者を焚きつけておきながら中面の記事本文で火消しをするという、まさに“マッチポンプ”だったことになる。
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