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第十四章上海事変

第十四章第十三節(三十六日間)

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                 十三

 ここから始まる三十六日間--。
 ほんのひと月とちょっとの間に、日本へ向けられた世評は一変してしまった。

 日清、日露の大戦争に辛勝し、一躍世界のひのき舞台に躍り上がった極東の島国は、第一次大戦で疲弊した大陸ヨーロッパ諸国をしり目に国力を増し、戦後は南米アルゼンチンと入れ替わって「世界の五大国」に数え上げられるにいたった。
 大戦後に創設された国際聯盟では「常任理事国」の席を占め、一九二〇年代の「国際協調」時代には常に献身的な活動を通じて「世界の優等生」との栄誉に浴した。

 満州事変前夜の日本も同じく世界の人々から好印象をもって迎えられていた。この長たらしい小説の副題に「あの頃だってそうだった」と付けたのは、それが故である。

 確かに満州事変が起こってからの四カ月の間に、日本の印象はグラついた。それでも「満州」なんて地図上のどこに位置するのか知らない人が大半だったから、長城以北で緊張が高まってもそれは“文字”の上での出来ごとに過ぎなかった。
 これまで書いてきたように、関東軍が新たな軍事行動を起こすたびにジュネーブやパリの国際聯盟理事会や欧米輿論にはピリピリした空気が張りつめ、日本代表部をヒヤヒヤさせた。その半面、正しい情報が伝わるとか、事態が収まるごとにさっと潮が引くが如く、そうした空気も和らいだ。

 ところが関東軍が錦州を占拠して満州の紛争に一段落が着くと、火種は遠く離れた上海へ飛んで、国際都市上海を舞台にした事変の「第二幕」が切って落とされた。
 三十六日間の武力衝突が終わってみれば、日本の評判は地に落ち「邪悪な軍国主義」とのレッテルすら貼りついていた。

 以後、「戦前の日本」なるものにまとわりつく暗~いイメージが定着したまま一世紀近くを迎えようとしている。

 世間の評判なんてものは一夜にしてひっくり返る--。
 筆者はそれを警告しておきたい。
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