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第二部第十三章スチムソンドクトリン

第十三章第四十三節(死活的権益)

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                四十三

 第一次大戦の終了後、合衆国のウォーレン・ハーディング大統領時代の提唱で実現した、太平洋方面の“海軍軍縮会議”が「ワシントン会議」だった。
 一九二一年の十一月から三カ月あまりを要したこの会議の成果は、文字通り太平洋の軍事バランスを見直す「四カ国条約」と中華大陸の現状維持を確認し合う「九カ国条約」の二つ。
 日本は日露戦争以来目指してきた「八八艦隊」構想を放棄して、おまけに虎の子の「日英同盟」まで破棄することになる。

 アメリカ外交の全面的な勝利となったこの会議の目的は、言うまでもなく肥大化しつつある日本の海軍力を押さえ込むことにあった。米海軍は日本海軍単独ならば勝てると思っていたが、ヒューストン農務長官が懸念したように「日英同盟」に基づいて英国海軍が出てきたら、とても勝つ自信がなかった。
 ならば何故、日本側は合衆国の申し入れを受けたのか--?

 そのヒントは一九一三年のヒューストン農務長官の『日記』に見当たる。
 カリフォルニア州の「外国人土地法」を受けた四月十六日の閣議は、あらためて日本が取るであろう選択をあれやこれやと討議した。議論がふたたび日米戦の可能性について触れると、陸軍長官ヘンリー・ミラー・ガリソンがこう発言した。

 「戦争の可能性はないが、フィリピンに関しては極東アジアから軍艦がやってきても最低一年持ちこたえられるように防備を固めねばならない」

 陸軍長官の発言が発端となったかは疑問の余地があるが、アメリカ海軍はワシントン会議の前まで着々とグアムおよびフィリピンの軍港建設を進めていた。
 もしフィリピンに米海軍の根拠地ができれば、目と鼻の先にある台湾の防備が危うくなる。日本海軍はそうなった場合に必要とされる国防費を試算してみた。すると「八八艦隊」はおろか、いくら予算があっても足りないとの結論に達した。

 日本海軍はこれらグアム、フィリピンの軍港建設を止めさせるのと引き換えに、宿望の「八八艦隊」構想に加えて虎の子の「日英同盟」を破棄した。そして軍事同盟としては意味をなさない「四カ国条約」に調印したのである。
 日本側から見れば“失った”代償の方が大きすぎるように見えるが、米海軍関係者に言わせれば、彼らこそ“大きな代償を払った”とほぞを噛んだという。以来、この件を根に持って「いつか日本をぎゃふんと言わせてやろう」との怨嗟を抱いたとも言われる。

 余談だがヒューストン氏の『日記』が書かれた頃、ハワイには軍事施設がなかったようだ。基地建設の必要性は、ワシントン会議中に発覚する「ティーポット・ドーム事件」と呼ばれる汚職事件の公判の中で叫ばれる。

 ともあれ、「ワシントン会議」の主目的はこうして果された。
 あくまでメインは「四カ国条約」の方だったはずだが、目ざとい合衆国の外交官たちはそれで満足しなかった。太平洋の“パワーバランス”を論じた会議の席で、臆面もなく“建て前”と“偽善”に満ちた言辞を振り回し、自国の都合で出遅れた未開の大地と四億に上る人口を抱える市場を「手つかず」のまま残す約束を取り付けた。
 
 そして主役の「四カ国条約」はやがて舞台袖へと引き下がり、“脇役”だったはずの「九カ国条約」が表舞台に躍り出てくる。今日で言う「南極条約」のような感覚でこれに調印したことによって、日本は大陸に獲得した「Vital Interest(死活的な権益)」について何かにつけて“難癖”を付けられる羽目になる。
 
 ここから学ぶべき教訓は、くれぐれも“建て前”と“偽善”には気を付けろ--ということだろう。
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