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第二部第十三章スチムソンドクトリン

第十三章第四十一節(贔屓)

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                四十一

 歴史の歯車とは実に皮肉なものだ。

 翌年の夏、そのジョン・ヘイが国務長官に就任した頃には英国政府はすでにこの政策への関心を失っていた。そして既述のように、ロシア帝国の南下に対抗して自らも勢力圏を築く政策へと舵を切っていた。折しも日清戦争時から日本海軍が占拠していた威海衛いかいえいの商港を引き継ぐかたちで、渤海湾ぼっかいわんの対岸に位置する旅順のロシア軍港を監視するようになる。

 そんな訳で「門戸開放」政策はいったんお蔵入りした。
 これを再び蔵から引き出してきたのは、アメリカが米西戦争の結果スペインからフィリピン群島やグアムを奪い取った翌年(一八九九年)のことでで、ヒッピスレーという英国人貿易商の働きかけによるものだった。
 詳しい下りはケナン氏の著書に譲るとして、国務長官ジョン・ヘイがヒッピスレー氏の働きかけに乗って列強諸国へ「門戸開放宣言」を発したのは、決して合衆国政府がアジア大陸へ同情を寄せたとか、道徳的、人道的な道義心に駆られたからではない。ヒッピスレーは生真面目で石頭の英人徴税官吏をけん制するために、米国をだしに使って「自由貿易」を唱えさせたというのが真相だった。

 ふたを開ければ何ともチンケな話だが、これ以来「モンロー宣言」に代表される不干渉主義を国是としてきた合衆国は、ことアジア大陸の話になると俄然干渉がましい態度を取るようになった。「門戸開放」政策はアメリカの外交政策に一大転機をもたらした。合衆国は大西洋・ヨーロッパ方面へは「不干渉主義」を唱え、アジア太平洋方面には「国際協調」を唱えるという二重外交を展開することとなる。
 
 「門戸開放」政策と対になる「領土保全」の原則も、おなじところから発している。以下、少し長いがふたたびケナン氏から引用する。
 
 「門戸開放原則について関係国政府から満足すべき保証を得たというヘイの声明は、ほぼ義和団事件の勃発と時を同じくした。(中略)今度は中国を支配している無秩序と無政府状態にかんがみてアメリカの対中政策を--意識的に物議を醸さないような穏健ないいまわしで--規定しようとしたものである。門戸開放に関する最初の覚書の中で、ヘイは中国の領土保全維持に対する要望を述べたが(中略)一九〇〇年七月三日の通牒では、『アメリカ合衆国の政策は中国の領土的行政的保全の保持を……求めることにある』ととくに述べている。(中略)こうして門戸開放に関する覚書は、一八九九年夏列強に送られたものと、その翌年の夏の義和団事件中に回付された二つの同文通牒とによって構成されている」
 
 門戸開放原則の出自が道徳心や博愛の精神とはまったく異なるものであったとは言え、華人に対するアメリカ人の感情には我々日本人をはじめ他国の人々に対するものとは著しく異なるものがある。ひと言で言うならば、常に肩入れをしてきたのだ。ケナン氏もその点を認めてこう語る。
 
 「疑いもなく、極東の諸国民に対するわれわれの関係は、中国人に対するある種のセンチメンタリティーによって影響されていた(中略)中国人に対するわれわれの態度には何か贔屓ひいき客のような感じがある」
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