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第二部第十三章スチムソンドクトリン

第十三章第十七節(ひと言)

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                 十七

 それにしてもアメリカ合衆国というのは、やたらと「覚書」を発するのが好きなお国柄のようだ。

 新聞に報道された日本の希望七項目に対するワシントンの「覚書」を持参したといって、ジョージ・ガスリー駐日大使が二月二十日、加藤外相を訪ねて来た。

「ひと言申し上げずにこの覚書を受け取る訳には参りません……」
 覚書を一読した加藤外相は、あからさまに不快な表情をつくって言った。
「……」
 ガスリー大使は居住まいを正して外相の“ひと言”を待った。
「過日貴大使へお知らせした『要求事項』のほかにも、北京政府へいくつか申し出をしたのは事実です。しかしここに書かれた文言は、事実に於いてそれらとは異なります」
 外相はそう言いながら、不満を込めた指先で覚書をトントン叩いた。

 米紙の報道によれば、北京政府は英米露仏の駐在公使へ向け、日本の示した「要求事項」を各任国政府へ交付するよう訓令したという。日華交渉に列強の干渉を誘引しようと企図したものだが、一方で北京発の情報には敵国ドイツの情報攪乱やら政権内の様々な思惑が混じっていると見られたから、各国とも取り扱いには慎重だった。

「はあ、ならば正しい条項がいかなるものか、お差支えなければ承知しておきたいのですが……」
 今日持参した覚書のネタ元も北京の情報だ。いわばガスリー大使はそのウラを取りにきたのだった。
「貴国の権益には何ら関係ないからとくに言及いたしませんでしたが、特に隠し立てする理由もありませんから、お尋ねとあらば喜んでお話いたしましょう」
 外相は「隠し立てするものではない」と言ったが、本来的に二国間交渉の内容を外部へ漏らすのは“御法度”である。だから同盟国に対して行ったように、全文を示すのではなく覚書の誤りを正すかたちで婉曲に内容を示唆した。
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