316 / 466
第二部第十三章スチムソンドクトリン
第十三章第十節(隠ぺい)
しおりを挟む
十
清国の領土内に列強が“借地”をするという前例をつくったのは、ドイツ帝国による膠州湾租借が最初となる。自国の宣教師が殺害されたのを名目に、典型的な砲艦外交を展開した果てのことだった。
しかも租借期限は九十九年--。
当時の華人の世界で九十九は“永久”を意味したから、最初から返す気などさらさらなかった。
“悪事千里を走る”の例え通り、三週間後には「三国干渉」の片割れロシア帝国が関東州へ租借地を開いた。ただこちらはいきなり“永久”とはせず、先ず二十五年と期限を区切り、その後は「両国の協商によってさらなる延長をする」とした。
するとロシアのこの動きを警戒した英国が日本へ接近し、日清戦争時から日本軍が占領していた黄海対岸の威海衛を引き継ぐかたちで租借した。また翌年七月にはアロー号事件で割譲していた九竜半島の北側を含む香港全体を、九十九年間租借。となればフランスも負けじと同年十一月、広州湾に九十九年間の租借地を設けた。
列強の租借期限はいずれも九十九年だったが、不幸にして日本がロシアから譲り受けた旅順・大連の租借地だけが二十五年と短く、間もなく期間満了を迎えようとしていた。
そんな経緯や旅・大租借を決めた「パブロフ協定」にあらかじめ「期限延長」をうたっていたことから、日本がいずれ期限の延長を求めるだろうとは列強諸国側でも“織り込み済み”だった。
だから膠州湾還付を引き換えにした“要求”がこれらに止まったならば、話はさほどこじれる必要もなかった。
だが日本政府は今回の交渉を好機として、過去十年間の満洲経営を通して日華間に生じた様々な紛議を一挙に解決せんと企図した。それ故、前述の期限延長に加えて「予て懸案もしくは問題となり、または既に事実上承認もしくは実行されている事項」についても両国政府間に一定の合意を取り交わそうと“希望”した。
それはあくまで“希望”であって、先方が承諾しないならそれまでのこと--。
そんな軽い気持ちで交渉のテーブルに乗せたら、あにはからんや……。これに“尾ひれはひれ”がついて因縁を付けられ、騒ぎが膨らんだ。
なお悪かったのは、“要求”は列強の利害にも関わることだからと事前に関係諸国へ通告していたが、“希望”はあくまで当事者間の問題だからと開示を控えた。この判断が仇となって、「日本は肝心の『要求事項』を隠ぺいした」との味噌が付いた。
清国の領土内に列強が“借地”をするという前例をつくったのは、ドイツ帝国による膠州湾租借が最初となる。自国の宣教師が殺害されたのを名目に、典型的な砲艦外交を展開した果てのことだった。
しかも租借期限は九十九年--。
当時の華人の世界で九十九は“永久”を意味したから、最初から返す気などさらさらなかった。
“悪事千里を走る”の例え通り、三週間後には「三国干渉」の片割れロシア帝国が関東州へ租借地を開いた。ただこちらはいきなり“永久”とはせず、先ず二十五年と期限を区切り、その後は「両国の協商によってさらなる延長をする」とした。
するとロシアのこの動きを警戒した英国が日本へ接近し、日清戦争時から日本軍が占領していた黄海対岸の威海衛を引き継ぐかたちで租借した。また翌年七月にはアロー号事件で割譲していた九竜半島の北側を含む香港全体を、九十九年間租借。となればフランスも負けじと同年十一月、広州湾に九十九年間の租借地を設けた。
列強の租借期限はいずれも九十九年だったが、不幸にして日本がロシアから譲り受けた旅順・大連の租借地だけが二十五年と短く、間もなく期間満了を迎えようとしていた。
そんな経緯や旅・大租借を決めた「パブロフ協定」にあらかじめ「期限延長」をうたっていたことから、日本がいずれ期限の延長を求めるだろうとは列強諸国側でも“織り込み済み”だった。
だから膠州湾還付を引き換えにした“要求”がこれらに止まったならば、話はさほどこじれる必要もなかった。
だが日本政府は今回の交渉を好機として、過去十年間の満洲経営を通して日華間に生じた様々な紛議を一挙に解決せんと企図した。それ故、前述の期限延長に加えて「予て懸案もしくは問題となり、または既に事実上承認もしくは実行されている事項」についても両国政府間に一定の合意を取り交わそうと“希望”した。
それはあくまで“希望”であって、先方が承諾しないならそれまでのこと--。
そんな軽い気持ちで交渉のテーブルに乗せたら、あにはからんや……。これに“尾ひれはひれ”がついて因縁を付けられ、騒ぎが膨らんだ。
なお悪かったのは、“要求”は列強の利害にも関わることだからと事前に関係諸国へ通告していたが、“希望”はあくまで当事者間の問題だからと開示を控えた。この判断が仇となって、「日本は肝心の『要求事項』を隠ぺいした」との味噌が付いた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
鈍牛
綿涙粉緒
歴史・時代
浅草一体を取り仕切る目明かし大親分、藤五郎。
町内の民草はもちろん、十手持ちの役人ですら道を開けて頭をさげようかという男だ。
そんな男の二つ名は、鈍牛。
これは、鈍く光る角をたたえた、眼光鋭き牛の物語である。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
局中法度
夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。
士道に叛く行ないの者が負う責め。
鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。
新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる